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star festival(血界戦線・ザプレオ)
2020/05/21 02:46

「ザップさんは七夕って知ってますか」







愛人宅に行けばことごとく追い返され、修羅場になりかけ、とはいえ金もないし腹も減ったしと後輩のアパートに押しかけた。またですかアンタと文句を言いながらもなけなしの食料を差し出すレオナルドは、ちょっと考えると哀れだった。
でもまあ本当に嫌だったら言うよな、とクズの思考回路で納得したザップは、食欲を満たした次はちょうどよく目の前にいた後輩で性欲を満たした。これにはさすがに抵抗されたが、キスだけで体から力が抜けていくので、やはりもう、同意の上と言っていいはずだ。
だいたい初めてじゃないのにギャーギャー文句を言うことが理解出来ない。と、その処女を奪った時にもギャーギャー抵抗されたことを忘れたザップはやれやれとため息を吐いてみせた。

こっちだってちゃんと気持ちよくしてやってるし、そろそろ無駄な抵抗はやめて素直にヤられてればいいのになあなんて事後のまどろみの中で考える。
腕の中のレオナルドは、女たちとは違って、痩せっぽちだ。男というだけで肉付きが薄いのに、貧乏生活だし偏ったものばかり食べてるしで更に痩せている。抱きしめてもかたいし、なんだか強くすると折れてしまいそうだとほんの少し怖くなる。女の方がもっと丈夫なんじゃないか、なんて言いたくなる。

だいたいなんでレオナルドなんて抱いてたんだっけ。男なのに。ああ、女がつかまらなかったからか。
レオが女だったらやわらかくて楽しいのに。でもこいつが女になったら「処女は好きな人にあげたい」とかいうタイプだよなあ。そしたら抱けないんだろうなあ。そんで他のもっとまともな男と平凡に恋するんだろうな。

だとしたら、今のレオナルドはなんて可哀想なんだろうかとザップは思った。
思うだけでどうせ女がつかまらなかったらまたレオナルドを抱くに違いないのがシルバーシットたる所以なのだが。

そんな賢者タイムとでも言うべき時間を破ったのが、冒頭のレオナルドの言葉だった。


「タナバタ?」

いつもなら目覚めて一番の言葉は「死ね」「クズ野郎」「最低」なんてものなのに、今日は珍しく穏やかに話し始める。いつもそうならいいのに。
「ミシェーラが詳しかったんですけどね。あんまり覚えてないけどアジアのお祭りらしくて」
もうすぐだから思い出しちゃったんですよね、と続ける。

「なんか元は1年に1度、七夕の夜しか会えない夫婦の話らしいっすよ」
「……夫婦なのに1年に1度なのか?」
「結婚したとたん働かなくなっちゃって、怒られたんですって」
「ふーん」

1年に1度しか会えないなんて可哀想にと同情するレオナルドに、そんなもんなのかとザップは思う。どうせ1年に1度しか会わないんだったら浮気し放題だろうし。別にいいんじゃないか、と。
そう言ったら「あんたホントクズだな」と呆れられた。
ムカついたので剥き出しの首筋を噛んでやる。明らかにヒトに噛まれたそのあとは、かろうじていつもの服で隠れる場所。なんとなく、消える前にまた噛んでやろうかという気分になった。


***


「――ザップ、さん?」

何がきっかけだったのか、思い返してみてもよくわからない。ただ当時彼は性欲を持て余していて、なのにそれを受け止めてくれる女が捕まらず、そんな愚痴をただただレオナルドにこぼしていた。
自身が飲むためというよりは、酒を切らしていれば怒られるのは目に見えていたからと、保身のために隠してあった酒がどんどんザップの腹の中に消えて行った。ついでにと何杯か飲まされたレオナルドもほろ酔い気分ではあったし、ザップは随分と酔いが回っていた。



2人が酔ったからその行為が行われたのか、それともその行為が行われるために2人が酔ったのか。

よく、わからなかった。







レオナルドの意識が唐突に浮上したのは床のひやりとしたかたい感触が背中に触れたからだった。それまでふわふわと落ち着きのなかった頭が、この状況を理解するために動き始めた。
まずはじめに見えたのはザップ・レンフロに相違なかった。褐色の肌にはえる銀髪。珍しく真面目な顔で、なるほど、ずっとこうしていればモテるんだろうなと妙に納得してしまう。
それから彼の後ろに自室の見慣れた天井。

(そういえば、なんか、ちかい)

そこでようやく自分が床とザップに挟まれていることに――ザップに床に押し倒されていることに、気がついた。

「ザップさ――」

「ちょっと黙ってろ」

ザップの顔がみるみる近付いて、距離がゼロになる。

自分の唇とザップの唇が触れ合っているのだと理解するにはずいぶんと時間がかかった。
あまりのことに目を見開いたまま固まっていると、ザップは一度離れて耳元に唇を寄せた。

「こういう時は、目、瞑るもんだ。童貞」

それからまた、触れる。
今度は反射的に目を閉じて、しまったと思う。これでは受け入れているみたいではないか。
だからといって一度閉じた目をまた開く勇気はなくて、そのままザップの胸元を叩く。

触れ合った唇は想像していたよりずっと柔らかかったけど、少しかさついていた。女の子だったらもっと柔らかくてつやつやだったんだろうに。
それでも柔らかかったからか、嫌悪感はなかった。
キスって気持ちいいな。唇を合わせて、時折軽く舐められて。それだけなのに頭がふわふわして落ち着かない。どうしてザップさんはこんなことをしてくるんだろうとか、抵抗しなきゃとか、ぼんやりと考えはするのだけど体が動こうとしなかった。

普段は饒舌なザップが静かで、真っ直ぐな目が自分に向けられていて。それが居心地悪いのにキスを受け入れることしかできなかった。

最初は軽く唇を舐められるだけだった。
それがだんだん変わってきて。いつの間にか2人の舌は触れ合っていた。どちらのものとも知れない唾液が口内に溜まって、それが不快なのにザップの舌自体はそう思わないのが不思議だった。
呼吸のために離れた唇。つうっと糸を引いて、離れたそれを無意識に見つめる。飲み込むことも吐き出すこともできずにいた唾液が少し、口の端を流れ落ちた。

「えっろいな」

ザップはそう言ってレオナルドの唾液まみれの唇を指で拭う。

「お前なら抱けそうだわ」



***



殴って蹴って噛み付いて、暴言も吐いて。レオナルドの必死の抵抗にも、ザップはびくともしなかった。
特別な力なんてなくてもこの人は強いんだと思い知らされる。

「はなせ、ばかっ」

甘やかすようなキスも。優しくされる愛撫も。沢山の女にしてきたのと同じ行為が、何よりも、嫌だった。
特別でもないくせに気まぐれに触れてきて、ドロドロに甘やかして。いつもの、安心させてくれる、親友のような関係を奪っていく。


――もしかしたら、自分は、この最低な人が好きだったのかもしれない


だからこそ、抱かれてはいけなかったのに。


***

最後にレオナルドに会ってから、なんだかんだで1週間が過ぎていた。ということはあの噛みあとはもう消えてしまっただろうか。ザップはまだ白紙のままの書類をぼんやり眺めながら、レオナルドのあの白い首筋に思いをはせる。
部屋の温度が下がった気がして振り返ればスティーブンが冷たい目でこちらを見ていた。そのことに気付いてようやく、まっさらな報告書に向かってペンを動かし始めた。



神々の義眼が必要な潜入捜査だ、ということ以外ザップには知らされていなかった。かろうじて、今回レオナルドと組んだのはチェインであるということだけは聞いたが、それも本人から聞いたわけではない。
ザップがレオナルドの首筋に歯型を残した翌日から、どうやらレオナルドはあのアパートに帰っていないらしい。いつ押しかけてもしんとしているし、物の位置が変わった様子すらなかったからだ。
事前に知っていたら、と思って。
事前に知っていたら、どうするつもりだったのだろう。犬女なんかにアイツは守りきれないと、その役目を代わる? ああ、気をつけてな、なんてらしくない言葉を吐く? それとも、あの首筋に、もっと色濃く消えないあとを残した?
どれも自分らしくないし、まあ、冗談を考えたにすぎないのだけれど。

そうしてレオナルドと昼も夜も一切顔を合わせない生活が1週間は続いている。
それまではライブラで嫌でも顔を合わせたし、そうでなければ夜アパートに押しかければいた。寂しいとか会いたいとか、断じてそういうわけではないけれど。
しいていうなら、レオのくせに、気に入らない。

俺が泣かせたい時にぎゃんぎゃん泣かされてればいいのに。


***


「ザップ、あんた本命でもできたの?」
「あ?」
「最近変だし、さっきからため息ばっかりで3割増し男前」

そう言われて初めて自分がレオナルドのことを思いながらため息を吐いていたことに気がついて。
本命なんて戯言はどうでもいいけれど、ただなんで俺があんなやつの心配なんてしなきゃいけねーんだよと、鼻を鳴らす。

「パシリが最近掴まんねーだけだよ」
「パシリ、ねぇ」

女が「まあそういうことにしといてあげましょ」と笑うのも、レオナルドが姿を見せないのも、何もかも気に入らなかった。



***

ある日ザップはレオナルドの言っていた七夕のことを思い出した。
たしか、今日ではなかったろうか。

遠い異国の祭りだし、この地にはあまり馴染みがない。ザップもレオナルドから聞いて初めて知ったくらいだし、彼もミシェーラから少し聞きかじったくらいのようだったし。
誰もこの地で七夕を思う人間なんていないのかもしれないけれど、少なくともレオナルドは、レオナルドから聞いたザップは、それを知っていて。


――1年に1度しか会えないなんて可哀想だなあ

自分なら浮気してれば1年なんてあっという間だなと、あの時は、思った。


――ザップ、あんた本命でもできたの?



「……クソ」


なのに今、レオナルドに会えないことがこんなにももどかしい。


***

「あれ」

レオナルド・ウォッチは首をかしげた。たしかに施錠したはずのアパートの鍵があいていたからだ。
もしもかけずに出ていたとしたら、潜入捜査に行く前からじゃないか、と顔が青くなる。
そりゃあ盗まれるような物なんて置いてないし余裕もないけれど。でもここに変なものが住み着いていたらどうしよう。また追い出されてしまうかも。

おそるおそるドアを開けると視界に入ってきた男は見慣れた顔で、安堵の息をついた。

「なんだザップさんですか」
「なんだとはなんだ」

何故かレオナルドの寝床にいたのはザップだった。あまりに当然のような顔でそこにいるものだから、なんだとホッとして。

……あれ。

「どうやって入ったんですか?」

するとクズはドヤ顔らしき表情でお得意の血法とやらを披露してくれた。
わーしゅるしゅるって糸みたい。わーそれでピッキングしたんですねー。アンタってホントどうしようもないな。

「だいたい、今日やっと帰れましたけど、帰ってこなかったらどうするつもりだったんですか。鍵、かけられないでしょ」

「バーカ、あけられたんだからその逆もできるに決まってんだろ」

その言い方だとまるで何回もやった事あるみたいだなあと思ったけど。まさかそんなはずもないだろうし、いつもの変な自信だろう。
だいたいこの人ならどうせ取られるもんもねーだろとか言って鍵もかけずに出ていくに違いない。絶対そうだ。


二週間ぶりほどになる我が家は銀猿先輩に荒らされた様子もなく、出て行った時のままだった。
クタクタだし、シャワーでも浴びてさっさと寝たい。明日は休みも貰えたしゆっくり寝よう。

そこまで考えて、ザップがこちらをじっと見ていることに気づく。

「まだ帰らないんすか」
「まあな」

どういうわけかザップはレオナルドを見つめ続けている。
なのにレオナルドが振り返ると慌てて目をそらされる。そしてまたレオナルドが別の方を見れば、ちりりと焦げ付きそうな程の視線を感じる。

「なんなんですか」
「べつに」

否定しながらも何か言いたげにこちらを見て、あーだとかうーだとか唸って。
それで、ようやく口を開いた。

「元気か」

「…………は?」


何故そんなことを聞いてくるんだろうこの人ついに頭打ったかなとまで思ったけど、レオナルドにはなんとなく、この不器用な人の言いたいことがわかった気がした。

「もしかして、心配してくれてたんですか?」

「ば、バーカ。なんで俺がお前なんかの」







‐end‐


きっともうすぐザップさんが自覚します






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