03/16 ( 14:58 )
アティギマ

5世代虫悪/蝶と猫と少年の日の

とても短絡的な発想で吐き出された暴言を、ギーマはいとも容易く聞き流してみせた。少し前の彼であれば、ぴくりと眉を寄せて1の言葉に15は乗せて返していたと思う。随分と丸くなったものだと、今の失言をどう取り繕うか必死に考えている頭の隅で、諦め半分にそう思った。

「あの、」
「アーティ」

「君はつまりそういうやつだったのだね」

なにが。そうは聞けない。まるで昔読んだ蝶の話の台詞のようだ。二の句も継げない現状に、またそうしてどうでもいいことを思う。

「失望も諦めもしないさ。アーティという男はどうしたってそうなんだから」

そう言ってギーマは手の中の賽をじゃり、と鳴らした。ああ。正直怒鳴られるよりも心が窮屈だ。ギーマに好きでいてもらうためならなんだって厭わないと昔誓ったはずなのに、いまは失言を繕うための言葉さえろくに出てこない。

「ギーマは、ぼくがそういう男だと思うのかい」
「……」

否定も肯定もない無言が苦しい。それでも落ち度は完全にこちらにある。真っ直ぐと自分で思う謝罪をしても、きっとギーマは関心を示してもくれない。どうしよう、どうして繕おうと頭を回すと、じゃりじゃりという音がやんだ。

「アーティ。蝶の話を知っているかい」
「蝶? ヘルマン・ヘッセなら知っているよ」
「そう。そんな名前のやつが書いた話だよ。少年の日の思い出と言ったかな」
「……その話がどうにかしたかい」
「その話に出てくる男は少年だった頃に知り合いの蝶の標本を壊してしまったんだそうだ」

知っている。確かエーミールとかいったお金持ちの少年が持っていた蝶の標本の話だ。自分は話よりも挿絵の蝶の美しさに魅入られた。

「ばらばらになった蝶を見た持ち主は、きっと関心もなにもなくなってしまったのだろうね」
「ぼくは、挿絵しか覚えていないんだ」

挿絵の蝶は綺麗だった。淑やかに乗ったファンデーションのような鱗粉。鮮やかな橙色の翅に映ったアイメイクのような模様に、アーティ少年は酷く心酔していた。

「ねえ、アーティ。覚えているんだろう。嘘はいけない」
「……ごめん」
「ねえ、アーティ。きっとエーミールはあの時関心がなくなったんだ。きっと。美しいものは蝶だけと知ったんだ。私は思うんだよ、アーティ」

せつなげに目が細められる。ギーマは一体、いまなにを思っているのだろう。きっとそれも今から知ることになる。ああ、感情に任せてあんなことを言うんじゃなかった。

「蝶ひとつに心を踊らされて、まるで馬鹿らしいと。いま読んだらどう思うかなんて知らないが、幼い私はそうだった。ねぇ、アーティ。アーティという蝶に踊らされる私も大概馬鹿らしいね。それにとうの君は蝶しか見ていないそうじゃないか」
「ギーマ」
「なんだい」
「いまは君しか見えない」

ようやく出てきた言葉は、決して繕うために吐いたのではなかった。そもそもこれでは、自分の愚かさや愚直さをさらに露呈させるだけだ。

「随分とくさいせりふだね」
「君こそ」

ぼくが、蝶だなんて。
あてつけかと思った。ギーマに、君は発情期のメス猫のようだと言ったばかりだから。

「メス猫に寄ってきてくれるのかな?」

灰銀の瞳で蠱惑的に誘う姿は優美なメス猫そのものだ。アーティは裏葉色の瞳を蝶のように瞬かせて、そのままギーマのくちびるに止まった。標本のように、時間が止まってしまえばいいのに。

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