二人ぼっちの同窓会
「クリスマスのイルミネーションみたいで綺麗だなって思ったんだけど、それを言うとイルミネーション見た事ないでしょ?≠チてからかわれるの。まあ、ここ数年見に行ってないけどさ」
「それじゃあ、僕と見に行こうよ」
私は驚いて、拭いていたロックグラスを落としそうになった。すんでのところで落とさずに済んだのは、このロックグラスがうちのお店で一番高いもので、割ったら給料から天引くと口酸っぱく言われていたからだ。
塔矢君、私の反応を見て勉強しているな、と思った。
男の子からお誘いを受けるなんて、かなり久しぶりでビックリしたけど全く胸がときめかなかったのは、そういう事だ。
私も彼もお互いの立場がしっかり理解できているから、塔矢君もらしくない事を言ってみたのだろう。
「その調子で良いと思うよ」
私が言うと、塔矢君は顎に手をあて頷いた。
「やっぱりストレートな言い方がソレっぽいな」
「ソレっぽいけど、塔矢君が目指す所はそこじゃないよ」
話しながら拭いたグラスをカウンター下の収納棚に並べていく。オープン準備はこれで終わり。
「終わった?」
「うん、終わったよ」
私はカウンターの中に置いてあるパイプ椅子を広げ浅く腰を下ろした。頭の上で手を合わせて両腕をピンと伸ばす。腕が耳につくくらいしっかり伸ばして、いーち、にーい、さーん。
これは立ち仕事で凝り固まった肩をほぐすためのストレッチ。ちょっと前に流行った肩甲骨はがしというもので抜群の効果がある。
私は休憩に入ると大抵ストレッチをはじめるのだが、そのあいだ塔矢君はカウンターの向こうから、まるで孫の運動会を見に来たおじいちゃんみたいに、目元を緩ませてこちらを眺めている。じっくり見られるのも恥ずかしいから、一緒にやるか別の所を見ていればいいのに。
そうしてストレッチを終えて深く腰をかけ直すと、塔矢君は手元にあるウーロン茶入りのグラスを軽く持ち上げた。
「ひとまず、おつかれさま」
「おつかれさま」
私もシンク台に置いていたお水の入ったグラスを持ちあげる。二人でグラスの縁を軽く合わせるフリをして、ぐびぐび喉に流しこむ。これがお酒だったら最高なのに、私の仕事はまだ始まってすらいないなんて。
「今、お酒飲みたいって考えていたでしょ」
私の顔を見ただけで心のうちが読めてしまうなんて、さすが囲碁のプロ。盤外戦なんて言葉もあるわけだ。
「そうだ、塔矢君は? そろそろ作ろうか」
「オープンしてからで大丈夫だよ。それより、少し座って休みなよ」
「あ、うん。ありがとう」
今の気遣いはちょびっとだけキュンとした。
同時に、後はやっぱり塔矢君の気持ち次第なのにとも思う。
私とは普通に会話ができているのに、彼の中ではまだ引っかかるモノがあるらしい。
それは私にとって嬉しい事だけど、彼にしてみればブルーな気持ちになる一方だろう。ここに訪れるようになって結構な日が経つというのに。
「それで、今日はどんな相談?」
塔矢君がウチにやってくる目的はこれ。
「実は、見てほしいものがあって」
*
新宿の歌舞伎町にある、ゴールデン街と呼ばれるディープタウンは、まるでクリスマスの時期みたいにキラキラしている。いくつもの小さなお店が連なってできた通りだから、店先では電飾看板やネオンサインがひしめき合うように並び、私はそれがクリスマスのイルミネーションみたいだと思うのだ。
本物のイルミネーションは、もっとロマンチックに形作られたりするものだけど、個性的なお店の個性的な看板も中々良い雰囲気。
『意識しながら歩くと、ゴールデン街は二人が出会ったディスコの雰囲気と似ていると思った。
うちのお店近くにある、八十年代ディスコソングのお店なんかは特に意識するようになったかも。
ミラーボールを模った木の板の上にオンリー・ユー≠フネオンサインでしょ。オンリー・ユー。君だけ。一度は言われてみたいなぁ。
店名だけでもウットリするのに、タイミングが良ければ中から懐かしのディスコソングが聞こえるし、アベックのランデブーには完璧。
あの映画は名曲達にスポットをあて、日常の中に散りばめられた古き良きモノを意識させる映画だと思いました、以上!』
このお店の経営者である伯父さんに、昨晩の課題であったハリウッド映画の感想を言うと、伯父さんは盛大に顔を顰めた。
「キネマバーで働く人間の感想としてはマイナス。あと、最後のこじつけは微妙。半分寝ながら観ていたでしょ?」
「ええ、ダメ? 自分の現状と絡めた良い感想だと思ったけど」
遊び人の男女がディスコで出会って、酔った勢いで夜を過ごし真実の愛を見つけるラブストーリー。内容はありきたりなものだし、真実の愛というには薄っぺらい。唯一良かったのは挿入歌。一度は聞いたことのある曲が各場面で流れ全体的にテンポが良く、飽きずに観れたと言えば観れたけど。
言い直すと、やれやれお手上げだ、の仕草で返された。ハリウッド映画好きの伯父さんはいちいちアメリカかぶれだ。
「もー、また時間作って観てみるよ! それで今日の課題は?」
伯父さんは鞄からDVDを取り出すとカウンターの上に置いてみせる。
「今日はこれ」
背を向けた四人の少年が線路の上を歩いている。寝袋や大きな荷物を肩から斜めに提げたり、背負ったりしている。今から旅に出るようだ。
それは見覚えのあるパッケージだった。むかし、家でお父さんと一緒に観た懐かしい映画。
「小さい頃に観た事あるよ。男の子達が死体を探しに行くお話だったよね?」
「そうそう。有名どころだし常連さんも好きな人が多いからさ。この映画は子供のとき≠ニ大人になってから≠ナ観ると面白いって言われているんだよね。観た事あるなら丁度いいな」
昨日の映画に比べればかなり楽しめそうで良かった。
私はDVDをバッグに仕舞い、オープンの準備にとりかかるべくカウンターの中へ入った。
まずは残したままの洗い物から。いつもならちゃんと洗って帰るけど、昨日は早く帰って眠りたくてそのまま放置してしまった。
大量のグラスや食器を見ていると気が滅入る。でもどうせ洗わないといけないならピカピカにしてやるぞ! という気持ちにもなるから、基本的に掃除が好きなんだと思う。
私が水仕事をしている傍らで、伯父さんはカウンターの上に帳簿と電卓と大量のレシートを広げ、うーん、と唸っていた。細かいことは税理士に丸投げしちゃえばいいのに、経営者はそうもいかないらしい。でも、いずれ私もああなるのかもしれない。今は雇われの身だけど、いつか自分のお店を開くつもりだ。ここよりもっと気軽に入れる雰囲気で、お客さん同士の好き!≠繋げられるようなイベントを取り入れたりして……。
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