小説
心臓が焦げる匂いがする

!三谷誕
!NLです


 昨晩、姉から一日早い誕生日プレゼントをもらった。
 明日はちょっと帰りが遅いから、先に渡しておくね。と、渡されたものは最近秘かにハマっているバンドの限定アルバムだった。
 ほしいな、とは思っていたが、中学生の小遣いでは手が出せない。唯一の資金源であった小遣い稼ぎ≠ヘ自分勝手な男に「もうズルはしない」と約束させられた日から、一度も行っていない。
 約束を律儀に守る必要は無かったが、案外今の居場所を気に入っているのも事実。――しかし、三谷本人を引き摺るようにして連れてきた当の本人は、結局、一人だけ遠くへ行ってしまったのだが――

 それはさておき、姉からのプレゼントは一瞬にして三谷のお気に入りになった。部屋のどこに飾るかを考えていると、無意識に鼻歌が漏れていたらしい。ニヤニヤと笑う姉にはちょっと腹が立ったが、それでも感謝の言葉が出てくるくらいには嬉しかった。


 放課後、プレイヤーに落としたばかりのアルバムを聞きながら、三谷は理科室の机に伏せていた。
 理科室では囲碁部の部活が行われている。部員は十名もいない。古い碁盤を囲みながら、和気あいあいと碁を打っている。三谷も囲碁部に所属しているが、気が向いたときに顔を出す程度だ。

 それでも以前よりは顔を出す機会が増えた。真っ直ぐに帰ろうとしても、捕獲されるからである。主な捕獲者は金子。女子バレー部とのかけもちだったが、夏を終えてからバレー部を引退し、囲碁部の方に顔を出している。
 そして三谷の記録ノートは、金子が頻繁に顔を出すようになってから、急速に埋められている。
 今日は部活に顔を出すつもりはなかった。帰って、両親に頼んでおいたプレゼントを開封しようと思っていたからだ。
 しかし朝一番に自分の元へやってきた同じ囲碁部員の藤崎が「今日は絶対に来てほしいの! お願い! すぐ終わるから!」と言って、胸の前で両手を合わせ必死な眼差しを向けてくるものだから、三谷は折れた。何を企んでいるのかは、あえて尋ねないことにして。

 そうして迎えた放課後、三谷のクラスはいつもより早くHRが終わった。他のクラスはまだHRの真っ最中だ。三谷は学ランのポケットに忍ばせていた音楽プレイヤーを起動し、イヤホンを耳に捻じ込んだ。そして理科室へ――というのが一連の流れである。
 耳に響く音楽の中に放課後の賑わいが微かに届いた。
 そろそろ誰か来るだろうか、そう思い、プレイヤーの音楽を少し下げたところで、理科室の引き戸が開いた。三谷が顔をあげ振り向くと、立っていたのは金子だった。

「やだ、アンタなんでここにいるのよ」
「あ?」

 開口一番、思いもせぬ言葉に三谷は眉を寄せる。

「藤崎に来いって言われたんだよ」

 プレイヤーにイヤホンの紐を巻きつけながら三谷は言った。

「あー、そういうことね。アンタのクラス、いつもHR終わるの遅いから」

 金子は一人納得したように言うが、三谷は全く意味が分かっていない。
 いずれにせよ、ここにいるのは迷惑らしい。色々と面倒になってきたので、やっぱり帰るか――と思った矢先、金子が言った。

「ここ、少し飾り付けするのよ。アンタが来る前に終わらせる予定だったんだけど。仕方ないからどこかで時間潰しましょ」
「……お前、それを俺に言っていいのかよ」
「いいんじゃない? 別に黙ってろって言われてないし」
「あ、そ」
「藤崎さん達、もの凄く気合い入っていたわよ。良かったわね、良い友達ができて」
「うるせぇ」
「素直じゃないわね。さ、早く行くわよ」

 机に置いていたカバンを掴んで、金子の後を追う。どこに向かっているかは分からないが、金子は明確な足どりで進んで行った。

「あ、そうだ」

 不意に立ち止まった金子につられて、三谷も足を止めた。
 金子はカバンの中を漁ると、中から小包を取り出した。

「これ、今のうちに渡しておくわ」
「なんだこれ」
「誕生日プレゼント」

 無理矢理押し付けられた小包は透明な袋に入ったクッキーだった。綺麗な焼き色のハートクッキーが三枚並んでいる。

「沢山焼いたんだけど、まともに焼けたのがコレしかなかったのよね。あと、ハート型しかなかった」
「……食えるのかコレ」
「失礼ね、食べてから文句言いなさいよ」

 と、金子が言うので三谷は包みを開いた。ハートを一枚摘まんで、おそるおそる齧ってみる。
「どう?」
 金子は少し不安そうな顔で三谷の様子を伺っていた。さっきとは打って変わっての様子に三谷は笑った。

「普通」
「つまり美味しいってことね」
「おい」
「ありがとう≠ヘ?」
「……アリガトウゴザイマス」

 三谷は封を丁寧に閉じて、包みをポケットにしまった。一応割れないように、プレイヤーとは反対側のポケットに入れておいた。 

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