小説
カントリー・ロード

極限に疲れていて、スーツのままお布団に入るまでのことは覚えている。少し寝てから起きようと思って一時間後にしっかりアラームをかけたんだから。

それが、アラームが鳴って目を覚ましたらそこは確かに私の部屋だったんだけど、窓から見える風景がおかしくて、一歩外に出れば全く知らないところだった。

住宅街にしては道は舗装されていないし、歩いている方々の服装がどうみても変。
おかげで、ただのスーツを着ている私が変に目立ってしまい、ジロジロ見られる始末。
さあこれはどうしたもんだと立ち往生していたら、クッキーでも売っていそうなカントリーな感じの、ふくよかな女性が私めがけて走ってきた。

「名前ちゃん!今日は人手が足りないからってお願いしていたじゃないのさ!ああもう、お店は朝から大忙しで…商売繁盛願ったりかなったりなんだけどねぇ、こうも忙しいとねぇ…」
「はぁ…」
「さ、行くよ!」
「へ?」

引っ張られるがまま、自分の身に何が起きているのかすらも把握できないままに、連れてこられたのは中華料理屋さんだった。
カントリーおばさんの話していたとおり、店内は混雑していた。
でも休日のデパートのフードコートに比べれば…まあそこまでかな。
それでも、ミニスカチャイナを着た可愛い店員さん数人ではお店が回っていないのは一目瞭然だ。

注文を待っているお客さんや、出されていない料理、これは猫の手も借りたくなるわけだ。

「ちゃっちゃと着替えておいで!私は厨房へ戻るからね!」
「あ、はい」

勢いのあまり返事をしてしまったからには仕方ない。
とりあえずやってみるか。

更衣室らしき場所は案外すぐ見つかったけど、自分のロッカーがどれか分らなかったからテキトーに開けて、制服の赤いチャイナをお借りした。

短い。

でも気分は文化祭のコスプレ喫茶だ。
ポケットに伝票とボールペンが入っていることを確認して、いざ出陣すると、さっそく目が合ったお客さんに大声で呼ばれた。

「あっ、名前?!」

「えっ、名前ですけど」

なにこのお店どういうこと?店員さんは名前で呼ぶシステムなの?

「おい猿、名前#ちゃんがこんなとこに…あ」
「いましたね、名前」
「ああ?」

お客さんは私を見て間抜けな顔をしている。
顔が良いだけに実に勿体ない。

「ご注文ですよね?」

そう言いながら近づくと、イケメンのうち金髪の男がおもむろに立ち上がり、どこからかハリセンを取り出した。

天高くかざしたそれを――。



「と、いうわけで連れ去られたわけですが」
「ははは、僕たち完全悪者ですねぇ」

記憶を失っているらしい。
記憶にないけど、記憶を失っているらしい。

私はあの金髪さんの恋人で、この四人と共に西へ向かって旅をしていたらしい。

すごい、昨日家に帰って眠るまで恋人なんぞ夢のまた夢だったはずなのに。まさか一晩にしてこんなイケメンの恋人ができるなんて。
その、恋人改め三蔵は、私の記憶がないと知り、落ち込むのかと思いきや、むしろ開き直っていた。

「記憶がない?だからなんだ。お前は死んでも俺の物だ」

そんな事を言われてしまっては、別にタイプじゃないけどこのままでいっかー、なんて思って。そうなると話は早くて、あれよこれよという間に担ぎあげられジープへと乗せられた。


カントリーおばさんはその話を聞いて涙しながら祝福してくれた。「幸せになるんだよ」と言いながら痛いくらいにのハグをされ、最後には大きく手を振り見送られた。

えっ、それでいいの?お店は?寿退社?ていうか私の部屋そこにあるんだけど…えっ?

そんな心の叫びを無視して、恩人との別れそして恋人との再会は止まることを知らず。

部屋は置き去りにしたまま、西へゴーゴー。
スーツとそれから餞別にもらった制服を持って旅ははじまった。



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