小説
夢見る少女じゃいられない

いい歳になったというのに、最近の趣味が中学テニス部の試合を眺める事って、もう人として終わっている気がする。
 元々は友達の弟が青学でテニスをやっていて、一緒に試合を見に行ってほしいというお願いが始まりだった。
 それが今や休日になると朝から友達を引っ張り(どうしても付き合ってくれないときは一人で)東京はもちろん、神奈川や千葉まで足を伸ばし中学生達を観賞している。
 と、いうのも実はこの子達、中学生の癖にめちゃくちゃ顔が良いとかで私のような大人のお姉さんのファンクラブもちゃんとあるのだ。
 ファンクラブは入会のお誘いを受けたけど、いかにも規則が厳しそうなのと応援する際に既定のユニフォームがあるので辞めた。規則はともかく、あのユニフォームは私には着こなせる自信がない。
 なのでフリーで応援しているわけだけど別に一人でも充分。なぜなら、男の子達を見るのはもちろん好きだけど同じくらいテニスが好きになっていたから。この子はどんな技を披露してくれるのかな、とか、どうして球が消えたんだろうとか考えるのが凄く楽しい。
 そうだから、私はファンクラブの皆さんのように踊ったり歌ったりしなくても、影からそっと見守るお姉さんでいいのさ……。

 雲一つない素晴らしい晴れ空、絶好のテニス日和だった。
 今日は一番の推し青学の越前君が二番目の推しの氷帝の跡部様と青学で練習試合をする事になっている。
 ギャラリーがもの凄い人で埋まるのが目に見えている。
 観客席はおそらくもう埋まっているだろう。
 でも私は、友達の弟に教えてもらった秘密の場所を知っているからそこでゆっくり観戦しようと思っている。(ちなみに例の友達は人が多い日は来ないので一人での参戦だ)
 準備も完ぺきだ。
 裸眼でも十分見えると思うけど念のため双眼鏡もバッグに忍ばせておいた。
 軽く食べれる物と飲み物も準備しておいたし、ぬかりはない。だが油断せず行こう、なんちって。
 ……痛い、アホすぎる早く行こう。

 想像通りもの凄いギャラリーだった。
 両校テニス部ファンクラブに加え大人のお姉さんファンクラブ、そして私のような一人身応援隊。
 観客席はもちろん埋まっているし通路にまで立ち見が発生している。あんな中で静かに試合を見るなんて絶対無理だ。
 テニスコートに選手の姿はまだない。
 私は急いで秘密の場所へと向かった。

 コートからは少し離れるけど、少し小高い丘になっているここからは、ギャラリーを含めてよく見える。ただ、選手の表情は見えない。全然見えない。動きはしっかり見えるけど。
 本当は、表情が見えて声が聞きとれるぐらいに近くに行ってみたいけど、私なんかが行くよりも、みんなと同じ学生さんであるファンの女の子達がそこは座るべきだと思う。

「いーなー、同い年だったらなあ」

 黄色い声援が時々とても眩しく感じる。
 私にはもう二度と戻ってこない時間だ。

「同い年って誰と?」

 後ろから声がかけられた。その声は聞き覚えのある声だった。
 実はスマホに録音して散々聞いた声だから、絶対に間違うはずがない。

「え、越前君?」
「ふぅん、俺と?」

 やっぱり越前君だ。
 生の越前君が私に声をかけ、今、隣に立っている。

「お姉さん、いつもここから応援してくれてる人でしょ」
「あ、はい。ごめんなさい」
「別に謝ってほしいわけじゃないんだけど……。ただ、なんでこんな所から見てるのかなって、いつもコートから見てたんだよね」
「コートから見ていたんですか?!」
「だって見えるし」

 恥ずかしい!!恥ずかしすぎて今すぐここから立ち去りたい、けど、もう二度とこうして越前君と話す機会なんて無いと思う。

「ねぇ、名前さんテニス好き?」
「テニスは勿論好きだけど、ってゆーか越前君なんで私の名前…?」
「アンタの友達の弟、青学のテニス部なんでしょ。名前くらいすぐ分かるよ」

 つまり、私の名前を調べてくれたということ?
 
「テニスが好きなら俺の試合ちゃんと見てて。今回の試合は面白くなるから」
「う、うん、わかった」
「それと、応援するなら俺だけにしておいて」
「えっ、えっ?!!」
「じゃあね。また後で」

 恥ずかしすぎて越前君の顔を全然見れなかった。
 けど、今日双眼鏡を持ってきて良かった。
 私、今、すっごく越前君のテニスが見たい。
 跡部様ごめんね。

 そうして少しして、越前君と跡部様がコートに入った。
 歓声が上がる。
 いつもの指パッチンで静かになる。

 私は双眼鏡をのぞいた。
 得意げに笑う越前君がこっちを見ていた。


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