反吐が出る。
 それがリヴァイの正直な感想だった。だってそうだろう。なぜ上から子作りしろなんて命令をされなくてはいけないのか。余計なお世話というものだし、人の尊厳をなんだと思っていやがる。
 そんなものはふざけるなと切り捨ててしまいたかった。しかし、ストヘス区の被害、エルヴィンの独断専行、そして何よりエレンの処遇を引き合いに出されてしまっては、さしものリヴァイも戯言と一蹴することはできなかった。
 胸くそ悪いし、反吐が出るが、リヴァイはこのくだらない命令に従うほか、ないようだった。が、すべて素直に従う道理もない。
 そこでリヴァイが考えたのが、偽装結婚だった。
 とりあえず結婚してしまえばいいのだ。それで命令には従ったことになる。すべてを承知済みの相手を選べば、それで問題は解決だ。当分の間はごまかせるだろう。その間に調査兵団の存在意義とエレンの重要性を改めて奴らに認識させればいい。
 エレンをそう簡単に失わせることはできない。人類の進撃のためにも、そして散っていった仲間のためにも。必ず巨人の謎を解き明かし、人類の勝利をつかむ。
 ……そうでなければ、エレンを守るために散った彼女たちに報いることなど、できない。


 結婚すると決めた以上、迅速に行動しなければならない。どう相手を選別するか。
 信頼が置けて、リヴァイの意図を汲める相手。こういうとき、真っ先に思い浮かぶ彼女はもう、いない。
 感傷に浸りそうになる自分を叱咤して、リヴァイは考える。
 誰かいないだろうか。信頼が置け、リヴァイの意図を汲める相手。なおかつ、いざというときはすっぱり別れられる相手。もしそうなっても、それを気にしない相手ならなおいい。

 ──そうして、リヴァイは閃いた。

「結婚しねぇか」
 旧調査兵団本部跡の古城。その食堂に、リヴァイは夜も遅くにミカサを呼び出した。しばらく沈黙したのちにリヴァイは、単刀直入に切り出した。
 おそらく無自覚なのだろうが、話すならとっとと話せとばかりにリヴァイを睨んでいた彼女はしばらく茫然として、それからまじまじとリヴァイを見つめてきた。突拍子もない話だし、まあ無理もないが、とリヴァイはミカサが落ち着くのを待つことにする。
 ミカサはすうはあと深呼吸を繰り返し、至極落ち着いた声音を発した。
「……どういう、ことですか」
 ──合格だ。リヴァイは口唇を釣り上げた。
「話が早くて助かるな。だからお前にしたんだ」
 そこでリヴァイは諸々の経緯を簡潔に話し、偽装結婚をしないか持ちかけた。
「馬鹿みたいな話ですね」
「ああ、馬鹿な話だ」
 上の命令の本質を即座に見抜いたミカサに心地良さを覚えながら、リヴァイは相槌を打った。
「馬鹿な話とわかっているなら、どうして受けようと思ったのですか?」
 リヴァイはふっと視線を動かした。言葉を選ぶように、心持ちゆっくり話す。
「……さすがに、調査兵団も無理をしすぎた。エルヴィンの判断は正しいだろう。だが、その正しさが必ずしも理解されるわけじゃない。王都召喚もエレンの身柄引き渡しもひとまず凍結されたが、いつどうなるかわからん。俺たちは、ここで立ち止まるわけにはいかない。希望を絶望に変えさせることなど絶対にできない。それは、わかるな?」
「……はい」
 ミカサは頷く。
「だが、まるっと上の言いなりになる気も俺にはない」
「だから偽装結婚……ですか」
「そういうことだな」
 言って、リヴァイは紅茶を口に含んだ。ち、冷めてしまったか。
「……経緯はわかりました。それで、なぜ私なのですか?」
 ミカサの問いかけはもっともだった。審議会でのエレンに対するリヴァイの仕打ちを彼女が快く思っていないことは、その行動の端々から丸わかりだった。表情も言葉も足りない女だが、エレンとリヴァイに対する感情だけは素直とさえ言えるわかりやすさだった。
 と、リヴァイはそこでミカサの表情がわずかに変わったのを認めた。余計なことを考えていると直感でわかった。
「おい」
 強く呼びかければ、ミカサは現実を思い出したようだった。
「何、余計なこと考えてやがる。さっさと返事聞かせろ」
 うつむいたミカサをリヴァイは急かす。
「……なぜ、私だったのか、聞かせてもらうまで……答えません」
 チッと舌打ちした。やはりそこは説明せねばなるまいか。
 ミカサを選んだのには、もちろん理由がある。エレンが調査兵団の手の内にある以上、ミカサの調査兵団への信頼は揺るがない。察しも良い。あまり結婚というものにこだわらなさそうだ。けれど一番の理由は。
「お前にはエレンがいるだろう。俺を好きになる可能性なんて万が一にもない。……だから都合がよかった。それだけだ」
 そう、それだけだった。
 ……ミカサなら、決してリヴァイに心を向けないだろう。その心はエレンのものだ。リヴァイのことを好きにはならない少女。そこがよかった。だが正直、これだけの説明でミカサが話に応じるとは思えない。どう説得するべきか、思考を巡らせたときだった。
「わかりました」
 リヴァイの考えに反して、ミカサはあっさり是を告げた。リヴァイはびっくりしてミカサの顔をまじまじと見た。ミカサもびっくりしたように口許に手を当てていて、だから思わず言葉が口を突いていた。
「お前、自分が何を言ったかわかってるか?」
「……あなたから言い出したくせに」
 ミカサはむっとしたように唇を尖らせた。それは年相応の少女の顔だった。
「あなたと結婚する。それでいいんでしょう」
「そりゃ、そうだが……」
 こちらから持ちかけた話だし、ミカサが受けてくれるなら問題は解決する。本来の目的に集中することができるのだ。しかし、本当にいいのか。持ちかけておいて矛盾するが、本当にいいのか。エレンは。
 等々、困惑するリヴァイをよそに、ミカサは話は終わったとばかりに立ち上がって戸口へ向かう。戸口に立って、ミカサは一度、リヴァイを振り返った。
「女に二言はない」
 キッパリと告げると、ミカサは食堂を出ていった。ぽつりと残されたリヴァイは、我知らず唇の端を上げていた。
「……かっこいいじゃねぇか」


偽りを装う ─L─


(ミカサと結婚することになった)
(おや、それはおめでとう)




2014.10.13


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