「結婚しねぇか」
 旧調査兵団本部跡の古城。その食堂に、ミカサは夜も遅くにリヴァイに呼び出された。なのに呼び出したリヴァイは紅茶のカップを揺らすだけでなかなか話そうとしない。エレンとは違って沈黙が苦になるタイプではないが、わざわざ呼び出されたのに短くない沈黙と付き合わされるのは好みではない。何か言ってやろうと思った矢先の台詞だった。
 それはあまりに自然な語調だったので、ミカサはしばし、何を言われたのか理解できなかった。リヴァイの顔をまじまじと見て、ようやく脳が単語の意味を理解する。
 呼び出された時点で何か話があるのだとわかってはいたが、さすがにこれは予想外の展開だ。内心動揺するミカサとは対照的に、リヴァイはいつもの仏頂面で、そこに伊達や酔狂の色は見られない。まだ長くはない付き合いでも、いかにいつか然るべき報いをと心に決めた相手であっても、結婚、なんて言葉を冗談で口にする人ではないことくらいわかっている。すると当然、何か意味があってのことだろう。
 まずは落ち着こう。ミカサはすうはあと深呼吸を繰り返した。
「……どういう、ことですか」
 ミカサのその判断は正しかったらしく、リヴァイは口唇を釣り上げた。
「話が早くて助かるな。だからお前にしたんだ」
 そうして語られたのは、早い話が偽装結婚をしないかということだった。
 上は──それがどれくらい上なのかミカサにはわからないが、とにかく上は、先の女型捕獲作戦での代償をリヴァイに求めた。ストヘス区の被害、エルヴィンの独断専行、エレンの処遇について、などである。加えて、巨人の仲間がどこにいるかわからないという現状もある。その不安から、上は早急にリヴァイの──人類最強の血を残す必要性を痛感したらしい。
「馬鹿みたいな話ですね」
「ああ、馬鹿な話だ」
 人類最強と謳われるリヴァイであっても、相手が巨人である以上いつ命を落とすかわからない。である以上、その強さを受け継ぐ人材をなんとしてでも確保したい。それには人類最強の血を継ぐ者が一番だ、ということらしい。実に馬鹿らしい話だ。
 仮にリヴァイの血を受け継ぐ子どもがいたとしても、その子が戦えるようになるまで最低でも十五年はかかるし、リヴァイの子だからといって彼の跡を継げるかもわからない。そんなあやふやなものにすがってどうなるというのだ。
「馬鹿な話とわかっているなら、どうして受けようと思ったのですか?」
 リヴァイはふっと視線を動かした。
「……さすがに、調査兵団も無理をしすぎた。エルヴィンの判断は正しいだろう。だが、その正しさが必ずしも理解されるわけじゃない。王都召喚もエレンの身柄引き渡しもひとまず凍結されたが、いつどうなるかわからん。俺たちは、ここで立ち止まるわけにはいかない。希望を絶望に変えさせることなど絶対にできない。それは、わかるな?」
「……はい」
 ミカサは頷く。エレンを、ミカサの大切な家族を、わけのわからない連中に引き渡して、ましてや殺させることなど、絶対に許されない。家族云々の感情を抜きにしても、調査兵団の動きが止められてしまえば、人類が巨人に太刀打ちできる術もなくなるだろうことはわかる。駐屯兵団や憲兵団が非力とは言わない。だが、見ているものが絶対的に違うのだ。
「だが、まるっと上の言いなりになる気も俺にはない」
「だから偽装結婚……ですか」
「そういうことだな」
 言って、リヴァイは紅茶を口に含んだ。ミカサも、すっかり冷めてしまったそれに口をつける。
「……経緯はわかりました。それで、なぜ私なのですか?」
 ミカサは本気でそう問うた。
 偽装とはいえ、結婚するなら相手は必要だ。だがそれは、リヴァイに反感を持っているミカサでなくともいいだろう。もっと彼を心から尊敬している、信頼の置ける相手を選べばいい。
 ふと、リヴァイの瞳が深みを帯びたように見えた。──ミカサは、気づいた。
 信頼の置ける相手。それを、リヴァイは失ったばかりなのではないだろうか。ミカサはそういう感情に聡いわけではないし、そうだという確証もあるわけではない。でも、エレンが。エレンが、言っていた。
『……あの人たちみんな、兵長のこと心から信じてて、好きな人たちだったんだよ』
 壊滅したリヴァイ班。その中にいた、女性。あまり交流があったわけではないけれど。

 ──あなたにすべてを捧げるつもりだとか……

 偶然耳にした、その言葉を思い出す。彼女は、本当に。
「おい」
 強い語調の呼びかけに、ミカサはハッと我に返った。
「何、余計なこと考えてやがる。さっさと返事聞かせろ」
 なぜだか、リヴァイの顔が見られなかった。
「……なぜ、私だったのか、聞かせてもらうまで……答えません」
 チッと舌打ちが聞こえる。
「お前にはエレンがいるだろう。俺を好きになる可能性なんて万が一にもない。……だから都合がよかった。それだけだ」
 エレンは家族。とっさにそう思った。けれどそれを言う気にはなれなかった。リヴァイの答えも、答えになっていないように思う。
 考えるまでもない。リヴァイの言っていることは理解できる。でもそれはミカサの役目ではない。と、思う。それなのに。
「わかりました」
 ミカサはそう答えていた。自分でもびっくりして、口許に手を当てる。リヴァイもびっくりした顔をしていた。
「お前、自分が何を言ったかわかってるか?」
「……あなたから言い出したくせに」
 ミカサは唇を尖らせた。リヴァイは自分でミカサを選んでおいて、そのくせミカサが話に応じるとは思っていなかったのだ。腹が立つ。それで腹が据わった。
「あなたと結婚する。それでいいんでしょう」
「そりゃ、そうだが……」
 まだ何か言いたそうなリヴァイを置いて、ミカサは席を立つ。
 きっとこれは、同情なのだ。ミカサはリヴァイに、同情めいたものを感じてしまった。だから。……それだけなのだ。
 戸口に立って、ミカサは一度、リヴァイを振り返った。
「女に二言はない」


偽りを装う


(兵長と結婚することになった)
(はっ!?)




2014.10.11
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