Relationship 1


 学園都市プラント。
 プラントは十二の教育、研究機関で構成されている。中でも都市の中心アプリリウス地区にあるZ.A.F.T学園──ザフトは、初等部から大学部までを擁する都市最大規模の学校であった。
 アスランはそのザフトの高等部に通う二年生だ。
 ザフトへの入学は親の敷いたレールを歩く内でもあったのでためらったが、結局中等部からそのまま高等部へ進学した。ザフトほど設備と施設が充実した学校などほかにはない。アスランは機械工学の勉強を恵まれた環境でやりたかった。
「あ」
 朝の喧騒溢れる教室の自分の席で鞄を開けたアスランは声を上げた。
「おはよ、アスラン。どうしたの?」
 そこへちょうど登校してきたキラ・ヤマトが声をかける。
「ああ、おはよう、キラ」
 律儀に挨拶を返して、アスランを額を覆って呻いた。
「課題のノート、忘れた……」
「ええっ!? そんな! 僕、アスランだけが頼りだったのに!」
 キラが驚愕の表情で叫ぶ。アスランは幼なじみをじとりと見やる。
「キラ、また俺のノート丸写しするつもりだったのか? 自分でやらなければ身につかないといつも言っているだろう。大体お前は頭がいいんだから、もっとちゃんと……」
「そ、それより! アスランが課題忘れるなんてめずらしいね」
 思わぬお説教に慌てたキラが矛先を逸らす。すると、なぜかアスランは押し黙った。
「………………部屋に置き忘れたんだ」
 たっぷり三十秒は沈黙し、アスランは答えた。
 キラは首を傾げる。その間はなんだろう。
「ア──」
「アスラン・ザラ」
 キラが口を開きかけたとき、冴えた声がアスランを呼んだ。
 教室の戸口に声の主が立っていた。その姿に、ざわりと教室中がどよめく。
 キラにもざわめいてしまうクラスメイトの気持ちはわかる。
 この高等部で彼を知らない人間はいない。彼は生徒会長なのだから。それだけでなく、彼は学園きっての有名人でもある。高等部どころか、中等部、大学部の人間にも彼を知る者は多いだろう。
 まずはその美貌。冴えた月の光をひとところに集めたかのような銀髪。切れ長の鋭い瞳は薄氷色で、顔立ちは精巧なビスクドールのごとき美しさだ。トップモデルにだって彼の美貌は劣らない。いつも仏頂面だが、たまに見せる微笑みに胸を高鳴らせる人間は男女を問わず多い。
 次に頭脳。入学時には新入生代表を務めて以来、成績は学年一位を独走中。全国模試でも上位常連で、おまけに運動神経も抜群だった。容姿端麗頭脳明晰運動神経と三拍子揃っているだけでも充分すぎるのに、極めつけは彼の母エザリア・ジュール女史がこのZ.A.F.T学園の理事なことだ。その上、ジュール家は音に聞こえた名家で資産家。有名にならない方がおかしい。
 それが我らが生徒会長イザーク・ジュールなのである。
「少し話がある。来い」
「……ああ」
 さきほどと打って変わって静まり返った教室に、カタンとアスランが立ち上がる音が響く。
 教室中の視線を一身に浴びて戸口まで行ったアスランは、二言三言イザークと話すと、連れ立って教室を出ていってしまった。とたん、誰もが無意識に詰めていた息を吐き出し、教室は徐々に元の喧騒を取り戻した。
(……君も充分、イザークとタメを張れる有名人だよね)
 席について真っ白な課題ノートを広げながら、キラは胸中でひとりごちる。
 宵闇を思わせる紺碧の髪、知的な瞳は印象的で綺麗な緑色。顔立ちだってイザーク・ジュールとはまた違うタイプの端麗さだ。彼もあまり笑うタイプではなく、たまに見せる控えめな微笑みに心を撃ち抜かれた生徒たちによってファンクラブが結成された。ちなみにキラはファンクラブのオブザーバーだったりする。
 頭脳も同じく、彼も入学時に新入生代表を務め、成績は学年一位で全国模試も上位常連。お約束のように運動神経も抜群。イザーク・ジュールとは一学年違うので同じ土俵に立つことはないが、もしも同学年だったら二人の実力は拮抗し合っていただろう。そして、彼の父パトリック・ザラ氏もエザリア女史同様、Z.A.F.T学園の理事なのである。ザラ家もまた名家で資産家だ。
 そんなふうにあらゆる面で立場が似通っていると、嫌でもお互い意識してしまうものなんだそうだ。それは中等部の頃から変わらずだそうで、二人が顔を合わせるとピリピリとその場が緊張感に満ちる。居心地は悪いことこの上ない。
 だそうで、というのはキラはこれらの話をすべて伝聞で聞いたからだ。キラとアスランは幼なじみだが、ずっと一緒にいたわけではない。
 レノア母子は、アスランが六歳のときオーブ市のヤマト家の隣に越してきた。二人はまるで兄弟のように遊んで喧嘩し、一緒に笑って泣いて六年を過ごしたが、アスランは小学校を卒業するとプラントへ帰ってしまった。
 なんでも、オーブ市での暮らしはアスランが小学校を卒業するまで、という約束だったそうだ。小学生までは普通の子と同じように過ごさせたい、というレノアの強い要望に、パトリックが折れた。
 中学時代の三年を別れて過ごし、キラは両親に無理を言ってZ.A.F.T学園高等部へ入学した。ザフトは充実した設備と施設、自由な校風のおかげで競争率が高く、並大抵の学力では入れない。再びアスランと一緒にいるために、苦手な科目も必死に勉強した。
 アスランと再会したキラは、一つ秘密を知った。誰にも漏らしてはいけない、アスランとイザーク・ジュールの秘密。
 ざわり、と再び教室中がどよめいて、キラは顔を上げた。
 教室に戻ってきたアスランはノートを一冊手にしていた。キラのと同じ、課題ノートだ。
 アスランはキラにノートを差し出した。
「丸写しは駄目だからな。まだ朝礼まで時間はあるし、要点は教えてやるから」
 そう言ってアスランは小さく笑う。
 キラは差し出された課題ノートとアスランの顔を見比べる。
 彼はノートを忘れたと言っていた。その話をしている途中でイザーク・ジュールに呼ばれて教室を出るときもアスランは手ぶらだった。なのに戻ってきた彼の手にはノート。
 弾き出される答えは一つ。イザーク・ジュールはノートを届けに来たのだ。けれど、アスランはノートを「部屋に置き忘れた」と言っていた。
(……イザークの、部屋に?)
 別にそれは、特別おかしいことではないのかもしれない。アスランとイザーク・ジュールの二人が、ただ立場が似通っただけの存在ならば。
 しかし、キラは彼らの秘密を知っている。だからこそ抱く、違和感。
「キラ?」
 キラはハッとしてノートを受け取った。
 訝しむように軽く眉を寄せるアスランに、幼い頃から変わらないと言われる顔でにこやかに笑いかける。この違和感はこんなところで話すべきじゃない。
「ありがとアスラン、助かったよ。もうわかんなくてさ〜」
 半ば本気でベソをかけば、アスランは簡単にごまかされてくれた。
「しょうがないな、キラは」
 苦笑して、アスランは長い指先をノートへ滑らせる。講義が始まるのだ。
 次の瞬間には、キラが抱いた違和感は課題という敵の前に綺麗さっぱり頭から吹き飛んでいた。






 
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