PARTNER」と同設定


君死にたまふことなかれ



 空は抜けるような青色に染まっている。そんな空と対照的に黒い喪服に包んだ自分。
 同じような黒の喪服を着た弔問客に囲まれ、国旗をまとった棺がアスランの目の前にあった。
「アスランさん……」
 親友のメイリンが励ますように肩を抱いてくれるけれど、アスランの心はひとつの思いで占められていた。
 ──どうして、私は……ホワイトシンフォニー国立墓地にいるんだろう。
 なぜ葬儀に出る必要があるのだろうかと、どうにもぼんやりしている頭で考えた。
 横たわった棺を見つめる。……思い出す。
 そうだった。
 この棺に眠っているのは、イザーク・ジュールだ。
『私たちの幸せのためよ……イザーク!』
 イザークの命を奪った女の声が耳によみがえる。
 意識を失ったイザークに、アスランは病院まで付き添った。名前を必死に呼びながら辿り着いた先で、イザークは緊急手術を受けた。その間アスランはイザークの血に汚れた姿のままにただ祈っていた。普段なら絶対に信じることのない神に。
 その願いが届いたのか、手術は成功した。まだ気は抜けないが、無事に回復するだろうと。安堵と緊張と疲労に倒れ、数時間後に目を覚ましたとき、そばには泣き濡れた顔のメイリンがいた。彼女の口から、アスランはイザークの死を知らされた。容態が急変し、手当ての甲斐なく──と。
 イザークが死ぬわけない、何かの間違いだ! と取り乱したアスランをメイリンが抱きしめた。メイリンのぬくもりと嗚咽にアスランは事態を悟り、心はゆっくりと絶望に塗り潰されていった。
 空が青い。イザークの瞳のように。それなのにそのイザークの瞳は固く閉ざされ、永久に開かれることはない。あの瞳にアスランを映すことも、あの声がアスランを呼ぶこともない。
「捧げ!」
 イザークの上司の声がした。
 号令に従って、イザークの同僚たちが弔砲のためのライフルを構える。
 弔砲が鳴らされれば、棺は埋葬される。暗く冷たい土の中にイザークを……
 ──イヤだと、思わず叫び出しそうになった、そのとき。
 突然、並ぶ捜査官の列から飛び出した一人がいつの間にか弔問客に紛れていた男に飛びかかった。
「きゃあっ!」
 メイリンが悲鳴を上げる。
 二人は取っ組み合いながら棺に倒れ込み、ぶつかった弾みでひっくり返った棺の中身に弔問客は息を呑んだ。棺に入っていたのは美しい捜査官の遺体などではなく、ただのマネキンだったのだ。
 もつれ合いながら男を取り押さえようとしている捜査官の制帽が舞い落ち、現れた銀髪にアスランは目を見張った。あれはイザークだ。
 死んだはずのイザークが、生きている!
 アスランはとっさに棺からこぼれ落ちたマネキンの足をつかみ、イザークを殴ろうとしていた男を思いっきり殴りつけた。すぐにほかの捜査官が駆け寄り、アスランにノックアウトされた男を確保した。
「よくやった、アスラン!」
 殴りつけたはいいものの状況が飲み込めず動けずにいたアスランだったが、乱れた制服と息をそのままに近寄ってくるイザークと視線が合ったとたん、猛烈な怒りが込み上げるのを自覚した。
「お前がそんなに馬鹿だとは思わなかったッ!」
 怒りまかせにイザークの白い頬に拳を一発お見舞いし、アスランは踵を返して墓地を後にした。


「だから、悪かったと何度も言っているだろう!」
「知らない!」
 カッカッと足早に研究所を行くふたりを、所員たちは驚愕と困惑のまなざしで見ていた。
 無理もないだろう。ふたりの口論はラボでは見慣れた光景だったが、今回の事件でもう二度と見れないと思っていた所員は多い。死んだはずの人間が生きているのだから。ましてイザークはその頬を赤く腫らしていて、もとが白いだけに人目を引いた。
 犯人逮捕のための芝居だったのだ、と聞かされた。
 逮捕された男はイザークと因縁があり、その相手が死んだと聞けば姿を見せるだろうとイザークの怪我を好機と捉えた上層部が提案したらしい。
「アスラン!」
 焦れたようなイザークの声にアスランは振り返った。キッとイザークを睨みつける。
「相棒なのに、どうしてあれが芝居だと教えてくれなかった!」
 芝居を打つのはいい。少しの間死んだふりをしているだけで犯人の逮捕に繋がるなら安いものだ。けれどそれは、その芝居を知らされていたらの話だ。
「私がどんな想いでお前の葬儀に出たと思う! 棺を見つめて、弔辞を聞きながら」
 どんな、想いで。
「私をかばって撃たれた、お前の葬儀に……!」
 先日、ジムのインストラクターが殺害される事件が起きた。
 事件には関係なかったが、被害者にはストーカーがいた。彼女はいささか、いやかなり思い込みの激しい女性で、自分は被害者と交際していてもうすぐ結婚するのだと思い込んでいた。が、彼女は事情聴取の際にあろうことかイザークに標的を変えたのだ。
 イザークを隠し撮りする、携帯の番号を調べて電話してくる、プレゼントを贈る、等々。
 一応事件関係者なので婉曲的に、外面全開で接していたのがまずかったのかもしれない。彼女は、イザークが自分に振り向いてくれないのはそばにいるアスランのせいだと考えたのだ。
『私たちの幸せのためよ……イザーク!』
 そう叫んだ彼女は、アスランに銃を向けて──引き金を引いた。
 少し離れた場所にいたのが災いした。イザークは懐から銃を取り出しながらアスランの前に出て、そして撃たれたのだ。アスランの代わりに。
「アスラン……」
 一瞬かける言葉を失ったイザークは、唇をわななかせるアスランの腕をつかんだ。ここはギャラリーが多い。
「……触るなッ」
「いいから来い」
 引きずるようにしてイザークがアスランを連れてきたのは、彼女のオフィスだった。イザークは扉をしっかりと閉め、アスランと真正面から向き合った。
 気がつくと、アスランはイザークの腕の中にいた。
「ちょっ、イザーク!?」
「いいから黙って俺の話を聞け」
 腕から抜け出そうともがくアスランの耳元で囁くように言われ、アスランは固まった。
 何かいま、自分にはよくわからないことが起きているような気がする。というかこれ、端から見ると恋人同士がいちゃついているように見えるんじゃないだろうか。扉は閉めていても、このオフィスは半面ガラス張りなのだ。実習生にでも見られたら示しが。
 表情を変えずに混乱していたアスランを抱きしめる腕にイザークがさらに力を込める。
「……急所から外れていて、応急処置が早かったのも幸いだったと医者は言っていた。意識が戻ってすぐに貴様に無事を伝えようとしたときには、もう上層部が作戦を決めていたんだ」
「だからって……せめて私に教えてくれたって」
「局から、無事を知らせてほしい人間には連絡が行くはずだった。そのためのリストも渡した。真っ先に貴様の名を書いて」
 アスランはハッとした。
 顔が見たくて顔を上げようとするが、イザークが抱きしめた腕をゆるめてくれない。仕方なくイザークの胸に頬をつけたまま尋ねた。
「……エザリアさんより先に……?」
「母上は二番目だ」
 ……イザークが、女手ひとつで自分を育ててくれたエザリアをとても大切にしていることを知っている。
 その人よりも先にイザークは伝えようとしてくれていたのか。自分の無事を、アスランに。
「どこかで手違いがあって連絡が行かなかったんだろう。……それでも、貴様に、しなくていい心配も、悲しみも後悔も味あわせてしまったのは事実だ。……すまなかった、アスラン」
 それきり、イザークは何も言わなくなってしまった。ただアスランを抱きしめたまま。
「私……あのとき、すごく怖かったんだ。この手が」
 アスランはそっと、イザークの背中に腕を回す。
「……この手が、お前の血にまみれて。名前を呼んでいるのに、何度も呼んでいるのに、お前は目を開けなくて。血が、あふれて。……お前が、二度と私の手に届かないところへ……母と……母さまと同じところに行ってしまうんじゃないかって……すごく……怖かった」
 イザークの傷口を押さえながら、アスランは必死に叫んだ。
 大丈夫。私がついてるから。だから逝かないで。
 お願い、かあさま。このひとを連れていかないで。
 大事なひと、だから。
 イザーク。イザーク。イザーク。
「イザークが無事で……よかった……!」
「アスラン……」
 イザークの声があまりにも耳に心地良くて、イザークの腕の中があまりにも落ち着くから。
 ふたりはしばらく抱き合っていた。

 ……ガチャーン!

 ふいに何かを落とす派手な音がして、イザークとアスランは我に返った。
 オフィスの大きなガラス窓、の向こうに、顔を真っ赤にした実習生の姿があった。
「……シン!」
 アスランは慌てて身を離す。イザークも音に驚いていたから、今度は難なく腕から抜け出せた。
 ぱくぱくと口を開閉させていたシンは、やがてその紅玉をきりりと吊り上げた。
「アンタたち、こんなところで何やってるんだ!」
 ガラスに手をついて叫んだシンだったが、次の瞬間ヒールで容赦なく蹴り飛ばされた。
「『何やってるんだ』はアンタの方よッ! こんなにビーカー割ってくれちゃって、どうするのよ!」
 蹴り飛ばしたのは同僚のルナマリアである。
 彼女の言葉にアスランとイザークが視線を下げる。
 シンの足元にはいくつもの割れたビーカーの破片が散らばっていた。彼は空のビーカーを運んでいる途中だったらしい。
 さっきの音はこれだったのか、とイザークは納得した。
「ビーカーって言ったってかさばりゃそんだけ経費がかかんのよ! 予算だって潤沢じゃないんだからね!」
「べ、弁償すりゃいいんだろ 大体博士たちが研究所でいちゃついたりすっから……!」
「あんなことがあった直後だもの! アスランたちがいちゃついてたって誰も文句言いやしないわよ!」
「ふたりとも落ち着いてくれ!」
 シンとルナマリアのヒートアップしていく会話にアスランが割って入る。
 そんな大声でいちゃついているとか言わないでほしい。そもそも自分たちは恋人ではないのだから。
「弁償なら私とイザークでするから……」
「俺もか?」
「イザークにも責任あるだろ」
 そう返せば、イザークは反論しなかった。
「もう、アスランったらシンを甘やかしすぎよ」
「だけど私たちが驚かせたせいだし……それに、私の方がシンよりお金持ってるし」
「それはそうだけど」
 事実ではあるが、ひどい。
「アンタって人はッ!」
 涙声になったシンの背中をルナマリアが景気よく叩くのを見ながら、アスランは笑う。
「破片を片付けないとな」
「俺も手伝おう」
 微笑みあったとき、イザークの携帯が鳴った。
「はい。……そうか。わかった、すぐに行く」
「事件?」
「アーモリー湾でバラバラ遺体だ。それもふたり」
「わかった」
 アスランが頷くと、ふたりは忙しなく動き出す。
「シン、そういうわけだから手伝えない。すまない」
「俺たちが戻ってくるまでに片付けておけよ」
 バタバタと走り去ったふたりに、残されたシンはわなわなと肩を震わせた。
「……んっとに、アンタたちって人はーッ!」




2013.11.4


 
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