やさしい手



 認めよう。確かに昨夜は乗り気だった。
 本人に直接言うのは癪だけれど、求められるのは嬉しいし、その──イザークはうまいと思うし。
 だから、行為は別に嫌いじゃない。最近はむしろ、結構好きなのではないかと思っている。これも本人には言えないけど。
 それでも。 
「いくらなんでも、限度ってものがあるだろう……!」 
 アスランはベッドから一歩も動けずうつぶせになったまま、憤りを込めて呻いた。
 動きたくても腰が鈍く痛んでとても動けない。痛みだけならもっとひどい怪我を幾度と経験したが、これはそういうのとはなんというか、種類が違う。精神的にも。腰だけじゃなくて、身体の奥もさすがにヒリヒリする。どうしてそんなところがヒリヒリするのかは、冷静に考えると顔から火が出そうだ。
 アスランをこんなふうにした張本人は、起きてすぐ動けないアスランを見るなり、一言もなく寝室を出ていってしまった。なんてヤツだ。
 つい調子に乗ってしまった昨夜のことを思い出す。
 初めて二人きりで過ごす、新年だった。
 最初はクルーゼ隊の彼らと一緒に新年を迎えたし、次は戦後処理でそれどころではなくて、その次はオーブとプラントで別れ別れに迎え、次はまた戦後処理でそれどころではなかった。それがようやく少しは落ち着いたかと思いきや、ジュール隊はやれ要人の警護だなんだで結局アスランは三が日、イザークにあまり会えなかった。そして今年、ついにイザークが痺れを切らし、休暇をもぎ取った。
 プラントでは正月よりクリスマスに重きを置いているが、元日には最高評議会議長の祝賀挨拶の映像がプラント全土に流されるし、どこの市でも新年を迎えると同時に花火が打ち上げられる。戦中と戦後しばらくは自粛されており、ようやく再開された今年は盛大なようだった。火薬とは本来、こういうことに使われるべきなのだ。
 オーブは逆にクリスマスも楽しむが、正月に重きを置いている。アスランは年越し蕎麦、おせち、お雑煮、初詣、おまけに初売りというものをカガリから教えてもらった。
 初売りはともかく、あとは民俗学が好きなイザークも知っていたようで、話題にしたら「食べさせてやろう」とやたら自信満々に言われた。悔しいことにイザークの料理は確かにおいしいのだ。
 アスランも手先は器用なはずだし、奇天烈なこともしてはいないはずなのだがなぜだかオーブンが爆発したりする。何度もトライしてはいろいろやらかしたので、ついにはイザークからキッチンの出入り禁止を言い渡されてしまっている。
 蕎麦をすすって清酒を飲みながら、テレビで打ち上げられる花火を見て、イザークとアスランは新年を祝った。
 初めて二人だけで新年を迎えられたことが嬉しかったし、アルコールも入っていたのもいけなかったのかもしれない。
 気づいたらなんとなくそんな雰囲気になっていて、三が日の休みをもぎ取るためにクリスマスもイザークは忙しくしていてしばらくご無沙汰だったし、あとはもう、なだれ込むままにソファでベッドで互いを求め合った。
 それでこの有様だ。
 「イザークの馬鹿野郎……」
 アスランが唸って枕に突っ伏したとき。
「貴様も楽しんだだろうが」
 頭上から偉そうな声が降ってきた。
 鈍い腰の痛みに気を取られすぎていて、イザークが戻ってきたことにも気づかなかった。それにしても痛い。比べるのはどうかと思うが、女性はこういう痛みを毎月味わっているのだろうか。ラクスも、カガリも……だとしたら、尊敬に価する。
 アスランはじろりと高みのイザークを睨みつけて反論する。
「俺はもう嫌だと言ったのに、押し切ったのはお前だろ!」
「貴様が煽るから悪い」
「煽ってなんか……」
 腰の痛みに顔をしかめながら言い募ろうとしたアスランは、イザークがトレイを持っていることに気づいた。トレイには土鍋が乗っている。
「ああ、これか」
 アスランの視線に気づいたイザークがトレイをサイドテーブルに置く。
「腰が痛いんだろう。食え」
 蓋が開けられて、ふわりと湯気が漂う。
 おいしそうな卵雑炊だった。
 アスランはふと気づいた。
「お前……もしかしてこれを作るために?」
 だからさっさと寝室を出たのか?
 アスランの言葉を肯定するように、イザークはフイッとそっぽを向いた。
「……貴様が動けないのは俺のせいでもあるからな。俺も、久しぶりで加減が効かなかった。……悪かったな」
 ずるいなぁ、と思う。
 普段は横柄なくせに、イザークは気遣うべきタイミングと方法を間違えない。
 彼はいつからそんなに大人になったのだろう。アスランはどうも斜めな角度の気遣い方らしくて、いまだにシンにもツッコまれるというのに。昔のイザークが気遣いを知らないとは言わないけど、こうもうまくなかったと思う。それとも単に、アスランが知らなかっただけなのだろうか。
 どちらにせよ、いまはイザークの気遣いがよく身に染みる。
 恨み言を呟いてはいても、それは痛いからついというだけで別に本気で憤っているわけではないのだ。イザークのこういう一面を知っているから。
 思わず笑うと、照れ隠しだろう、むすっとした様子のイザークが顎をしゃくった。
 「ふん。とっとと食え。身体が温まれば、痛みも少しは楽になるぞ」
「ああ。……あ、イザーク、そういえば雑煮は……」
 卵雑炊もおいしそうだけど、せっかくイザークが作ってくれたのに。
「雑煮は夜でもいいだろう。雑炊の方が身体は温まるぞ」
「へえ」
 納得してよたよた起き上がろうとするアスランにイザークが黙って手を貸してくれる。取り皿に雑炊をよそおってくれる。
「いただきます」
 ふうふうとれんげで掬った雑炊を冷ますアスランの腰を優しくさすってくれる。どれもさりげない気遣い。
 イザークの手は外見と裏腹に温かくて、それが鈍痛を訴える腰にじんわりと和らぎをもたらしてくれる。
 初めてのときもやっぱり腰が痛くて、そのときもイザークがさすってくれた。余計なことも思い出しそうになって、アスランは慌てて雑炊を掻き込んだ。
「うまいか?」
「ああ、おいしいな。さすがイザークだ。卵がふわふわだ」
「そうか」
 言うと、イザークは満足げに微笑んだ。
 その笑顔に、アスランの胸は幸せな気持ちで満たされていった。
 自分はいま、とても贅沢な幸せを感じているのだろう。
 愛する人と寄り添い、新たな年を迎える──それは、当たり前のことのようでいて、実は恵まれたことなのだとアスランは知っている。
 「イザーク」
「なんだ?」 
 アスランの腰をさすりながらイザークが顔を上げる。
 「Happy new year」
 こつんと額を合わせて。
「一度言ったけど、改めて。今年もよろしくな、イザーク」
「……こちらこそ」
 ふ、と笑んだイザークが、ついばむようにキスをした。
 
 
 
 
2013.1.5


  
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