5cm



 なぜかアスランはイザークを見つめていた。
 ホテルで顔を合わせたときもエレカに乗るときも、一緒にいるディアッカには目もくれず、イザークだけをじっと見つめていた。いまもディアッカの運転するエレカの後部座席で、アスランは腕を組み、目をつぶって隣に座るイザークをじっと見つめている。以前と比べると辛抱強くなりはしたが、元々短気な男である。イザークが痺れを切らすように肩を震わせディアッカが思わず息を呑んだとき、イザークを上から下までゆっくりしげしげと見つめていたアスランが口を開いた。
「イザーク……」
「……なんだ」
 イザークの幾分低い声での促しに対し、アスランはとんでもない爆弾を落としてくれた。
「お前……小さくなった?」
 エレカ内の空気が凍った。瞬間イザークから吹き出す怒りの波動にディアッカは危うくハンドルをぶれさせかける。怖!
 イザークはキッとアスランを睨みつけた。
「貴様! いまなんと言った!?」
「え? えーと、『お前……小さくなった』?」
「誰が小さくなるかッ!」
 端から見ればひどくとぼけたアスランの胸倉をつかんで叫ぶイザークに、アスランが本気でわけがわからないという顔をしているのをバックミラー越しに見やり、ディアッカはため息をつきたくなった。
 どうしてアスランはこうもイザークの逆鱗に触れるのが得意なのだろう。アスランも「小さくなった」はないだろう。俺もイザークも二年前よりちゃんと背は伸びてるんだし。お前もそうだろうに……ん? もしかしてアスランのヤツ……だからまじまじとイザークを見てたのか?
 そんなディアッカの想像を裏付けるかのごとく、後ろではアスランとイザークのやり取りが続いている。
「どんな思考回路で俺が小さくなったなどと結論づけたんだ貴様はッ!」
「だって、お前が昔言ってたんだろう。『身長は五センチ俺の方が高い!』って。でもいまは五センチも差があるようには見えないし……だからイザーク、小さくなったのかなって」
「馬鹿か! 貴様の背が伸びたからだとなぜ思わない! 普通思うだろうが!」
「うるさいぞイザーク! 耳元で怒鳴るな!」
「誰が怒鳴らせてると思ってるんだッ!」
 ぎゃあぎゃあと騒がしいエレカを通行人が振り返る様をディアッカの優秀な動態視力ははっきり捉え、ますますため息をつきたくなる。けれど二年ぶりに感じる懐かしい雰囲気に、ディアッカは笑いたくもなった。
『身長は俺の方が勝ちだな。五センチ違う』
『……ひとつ年が違えば、身長も違うと思うけど。五センチくらい、俺だってすぐ君を抜くさ』
『ふん、俺だってまだまだ伸びる。貴様には絶対抜かされん』
『へえ、ほかのことでは俺に抜かされてるのに?』
『ッ、なんだと貴様ァ!』
『君こそなんだよ。本当のことだろう』
 アカデミーでのことだ。そのまま睨み合い、イザークとアスランはじりじり間合いを取り出した。そのうち取っ組み合いに発展しそうなふたりをラスティやニコルが慌てて仲介しに入っていた、懐かしい記憶だ。
「俺の言った通りだっただろうが。貴様には抜かされんとな」
「そんなこと、まだわからないじゃないか」
「ハッ、いまさらもう伸びるわけないだろうが」
「伸びるさ!」
「伸びない!」
「伸びるんだ!」
「伸びん!」
 アカデミーにいた頃とは随分変わった。ラスティもニコルもいまはもういない。狭かったイザークとディアッカの視野は広がり、三人の間にはなかった戦友としての友情がある。停戦、終戦。プラントの政局は大きく変動し、アスランもその余波を受けて亡命したようなものだ。いまや、再びの開戦は避けられない。何もかもが変わっていく中でイザークとアスランはあの頃と変わらず、どうでもいいことで喧嘩している。本当に変わらない。
 そこでたまらずディアッカは笑い声を上げた。上げた弾みで今度はハンドルがぶれた。
「やべっ!」
 ディアッカは対向車をかすめそうになって慌ててハンドルを切る。後ろから、ゴンッと鈍い音が聞こえた。
「──……ッ、何をしている、ディアッカァ!」
「そうだ、危ないだろう!」
 即座に後ろから抗議が来た。ミラーを見るとアスランは頭を押さえている。さきほどの鈍い音はアスランが頭をぶつけた音だったらしい。
「ディアッカ! モビルスーツパイロットが不注意で交通事故を起こすなどザフトの恥だぞ! わかっているのか!?」
「はいはい。わかってますよ、隊長」
「こういうときだけ隊長呼ばわりするなァ!」
 大抵の人間を竦み上がらせる怒声を聞きながらも、ディアッカは笑いを引っ込められなかった。
 ほんの数分前まで胸倉をつかみ合って騒いでいたふたりが、いまは頭をぶつけたアスランをイザークが支えるようにしているし、アスランも抵抗することなくイザークに身を寄せている。これが笑わずにいられるだろうか。
「何を笑っている!?」
「お前らって変わんねえなぁ。俺、なんか安心するわ」
「はぁ?」
 ディアッカは笑い続ける。毒気を抜かれたか勢いを削がれたか、怪訝そうに互いを見合うアスランとイザークの姿にますます口許がゆるむ。
 人工の空が夕焼けに染まり出す。エレカが向かう先に、亡き戦友が眠る墓地が見えていた。




2012.9.21


 
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