ロミジュリ



「アスランとラクスさまって、ロミオとジュリエットみたいね」
「え?」
 ラクスの替え玉──ミーアと初めて会った日の夜、強引に誘われた食事の席でミーアはワインを揺らしながら言った。
「知らない? シェイクスピアの戯曲」
「いや……知ってるけど」
 遠い遠い遥かな昔に、ナチュラルの劇作家が書いたという悲恋の物語。
「親の確執で仲を引き裂かれるなんて、まさしくロミオとジュリエットだわ。ロミオがジュリエットを選んだように、アスランもラクスさまを選んだのよね」
「いや、それは……」
「すべてを捨てて愛を貫き通すなんて素敵だわ!」
 公式的にはラクスとの婚約は継続中である。そのため下手なことは言えずに口ごもるアスランをよそに、ミーアはラクスによく似た顔を紅潮させてはしゃいでいる。
 アスランはそっと視線を外した。
 夜景が広がる窓ガラスにアスランの顔が映り込む。
 ザフトもプラントも裏切ったつもりはなかった。ザフトに、プラントにいてはできなかったことを成すために選んだ道だった。プラントのために。故郷のために。平和のために。
 それでも、裏切り者とそしられる覚悟はしていた。自分がしたこと、父がしたこと──それだけのことをしたのだから。
 それなのに、まさか自分とラクスがロミオとジュリエットに見立てられようとは思わなかった。
 目を輝かせてアスランとラクスの愛に憧れるこの少女には悪いが、二人の間に少女が憧れるような愛はない。アスランもラクスも遺伝子に縛られない愛を選んだ。
 アスランは小さく笑った。
 そういう意味では、確かに自分たちはロミオとジュリエットなのかもしれない。
 家同士の確執に囚われず愛を選んだロミオとジュリエットのように、ラクスはラクスのロミオを見つけ、アスランはアスランのジュリエットを見つけた。いや──アスランの場合はロミオを、だろうか。
 そこから思考はアスランのロミオへと横滑りする。もうミーアの話は右から左だ。
 久々の再会だった。
 状況が状況だっただけに彼は怒っていたし、そんな現場にアスランがのこのこ現れたこともお冠のようだったが、声を聞けたことが嬉しかった。顔を見れたことが嬉しかった。本当に久しぶりだったのだ。
 その直後からいままでの短期間で起きた様々のことを思えば心は暗く沈むけれど、彼の──イザークの存在は闇の中でも真白くて、少しだけ浮上した。
 次は、いつ会えるだろうか。
 本格的に物思いに沈みかけたアスランを引き戻したのは、拗ねたように甘えた声を出すミーアだった。
「もー! アスランってば、ミーアの話、聞いてるのぉ?」
「あ、ああ……そうだな、君の言う通りかもしれない」
「やっぱりー! でしょお?」
 きゃらきゃらと楽しげに笑うミーアに、アスランは曖昧に微笑んだ。

「だから翌日、お前に会えてすごく嬉しかった」

 イザークともつれあうように転がったベッドの上で、アスランは自分を押し倒す相手をまじまじと見つめてそう締めくくった。
「貴様、この状況でなぜそんな話をする」
「……思い出したから?」
 イザークはため息をついて、興が削がれたとばかりにアスランの上からどいた。隣に寝転がる。
 二度の大戦後、アスランはプラントに戻った。あのままオーブにいればカガリが守ってくれただろう。自分も、今度こそ彼女とオーブの役に立てたかもしれない。けれど、アスランはプラントに戻りたかった。ここがアスランの故郷だ。何かを守りたいと願う気持ちの原点はここなのだ。もしも自分が役に立つなら、プラントのために何かしたい。最初に胸に刻んだ想いに懸けて。
 何より、イザークのそばにいたかった。もう一度。たとえ許されなくても。彼が生きていて、プラントにいる、それだけでもよかった。
 それだけで。
 アスランは首を動かして隣に転がるイザークを見た。
 一年の謹慎及び行動の制限と監視、そしてザフトへの復帰を条件にアスランは帰国を赦された。ただし今後、自分の意思で軍を退役することは絶対に許されない。
 アスランが持つメリットもデメリットも大きい。評議会はメリットを取ることを選んだ。
 二度に渡った大戦で戦死した軍人は少なくないし、壊滅的な被害を受けたプラントはユニウス・セブンだけではなくなってしまった。人手が足りない。プラントは人手が欲しいのだ。アスランは切り捨てるには惜しいだけの力を持っている。真実、その力がプラントのために奮われるというのなら、手放すにはあまりにもったいない。そして評議会がメリットを取る方向に傾いたのは、アスランを擁護する人間が多かったことに依るところも小さくはない。中でも熱心だったのがイザークだと、自身もアスランの擁護に尽力してくれたディアッカから聞かされた。
 心が震えた。
 理由はどうあれ二度もイザークを裏切ったアスランのために奔走してくれて、こうして隣にいさせてくれるなんて。
 イザークが生きている、それだけでよかったのに。それ以上望むまいと思っていたのに。
「イザーク」
 アスランはイザークの頬にキスした。そのまま彼の肩に額を押しつける。
「さっきの話だけど」
「なんだ」
 ぶっきらぼうだが答えてくれる。イザークの手はアスランの髪に指を絡ませていて、話を聞いてやるのだと言っていた。
「ロミオがジュリエットを選ばなければ、ジュリエットがロミオを選ばなければ。そうすればロミオが罪を犯すこともなかったし、二人が死ぬこともなかった。それでも、ロミオもジュリエットも互いを選んだことに後悔はないと思うんだ。出会ってしまったから、もうその人以外選べない」
 アスランは一度瞼を閉じ、それからアイスブルーの瞳をまっすぐ見つめた。不敵に笑う。
「だから俺も、お前を選ぶ。出会ってしまったから。何度でもお前を選ぶ。好きだから。嫌がられたってうとまれたって、絶対に離れないからな」
 イザークのそばにいさせてほしかった。愛してほしかった。そしていま、イザークはそばにいさせてくれる。アスランを愛してくれる。アスランの望むままに。
 だからもう、アスランは迷わない。遠慮もしない。受け身でいるのもやめる。
 アスランはイザークのそばにいたいし、いてほしい。愛してほしいのと同時に、アスランはイザークを愛したかった。
 これからは貪欲にイザークを求める。絶対に離さない。
「……馬鹿が」
 黙ってアスランの話を聞いていたイザークが動く。
 アスランに覆いかぶさって、エメラルドを覗き込む。不遜に唇が釣り上がった。
「嫌がられたって絶対離れないだと? それはこちらの台詞だ。やっと貴様を捕まえたんだ。何年も待たせやがって。貴様が嫌がったって手放すものか」
 言うなりイザークは噛みつくようにキスをする。アスランもそれに応えた。舌を絡めて深く深く。
 何度も何度も飽きることなくキスを繰り返したあと、息を弾ませながらアスランは笑った。

「──お前を選んでよかった」




2012.9.16


  
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