街角にて



 エルドがその女の子に目を留めたのは偶然だった。エルドにそういう趣味はないので、本当にただなんとなく、その子を視界に入れただけだった。
 目に留まったのは、女の子が真っ赤なケープを着ていて人目を引いたからかもしれない。ケープには猫耳型のフードもついていて、それがよく似合っている。街頭にひとりで立っているのは迷子か、それとも誰かを待っているのか。よく見れば無表情だが目鼻立ちの整った、子役モデルにでもなれそうな子だ。そんな子がひとりでいては、誘拐でもされやしないかとなんだかハラハラした。
 一緒にいた彼女はエルドの視線を追い、恋人と同じように女の子を視界に収めると、微笑ましそうに目を細めた。
「かわいい子ね。……私たちの子も、女の子がいいわ。かわいい服をたくさん着せてあげるの」
「君の子だ。かわいいだろうな」
「あら、あなたに似てもきっとかわいいわよ」
 こんな会話になるのも、来月に挙式を控えているからである。婚姻届も記入済みで、あとは良日を選んで出すばかりとなっていた。ほとんど夫婦も同然の仲だ。
 女の子はフリルのスカートを着ていて、しきりにその裾をただしたり、左手首につけた女の子に似合いのかわいらしいデザインの時計を見たりして、そわそわしていた。
「まるで、あなたを待っているときの私ね」
 エルドの隣で、彼女が微笑む。
「服や髪が気になったり、時間が気になったり。きっとあの子も、誰か好きな子を待っているんだわ。デートかしら」
「まさか。まだ小学生くらいだろう?」
「あら、女の子は早熟だって言うし。それ、ホントよ。子どもだからって、レディを侮ってはいけないわ。いくつであっても女の子は恋をするの。私があなたに恋しているようにね」
 へえ、と興味深く彼女の話を聞いていると、視線の先にいる女の子の表情が無表情ながら華やいだ。誰かが小走りに近づく。それはエルドよりいくらか年下の、けれど女の子よりはうんと年上の男だった。
「ミカサ」
 男に名前を呼ばれた女の子は、さっき華やいだのは見間違いかと思うほどもとの無表情に戻り、腰に両手を当てて男を迎えた。
「遅い、です。いつも時間に正確なあなたが来ないから、……何かあったのかと、心配した」
「悪いな。電車が遅れたんだ」
「そう。……なら、いい、です」
 会話だけ聞いていると年の釣り合いの取れたカップルかのようだが、エルドが見ているのは小学生と、おそらく大学生の取り合わせだ。てっきり女の子と同年代の待ち合わせ相手が来ると思っていただけに、かなり驚いた。エルドの隣で彼女も「あら」とか言っている。
 兄妹かとも思ったが、兄妹にしては女の子の男に対する口調がくだけていない。
「今日はまたずいぶんキュートな格好だな」
「これはっ! ……おかあさんが、喜ぶから」
「似合ってるぞ」
 言いながら男が女の子の頭をぽんぽんと叩くと、女の子はもっとというようにぐりぐりと頭を男の手のひらに押し当てる。
「なんだ、今日はえらく素直じゃねぇか」
「たまには、あなたは私のものだって見せつけてやらないと」
 女の子が言うと、男は「そうか」と答え、するりと手を頭から少女の頬に滑らせた。いとおしむように手が動くと、女の子は気持ちよさげに目元をなごませた。それが終わると、男が女の子を抱き上げる。
「心配しなくても、俺はお前のもんだし、お前しか見てねぇよ」
 言って、抱き上げた女の子の額にちゅうとキスをした。エルドの彼女が「きゃあ」と黄色めいた歓声を上げた。
「素敵なカップルね、エルド」
「カップルって……大人と子どもだぞ?」
「そうとしか見えないわよ。見て、エルド……幸せそう」
 彼女が指差した先で、女の子が男の頬にキスを返しているのが見えた。……確かにふたりは幸せそうで、あんな光景を見てしまったら、エルドの中にある常識なんてどこかに飛んでいってしまいそうだった。
「私たちも、他人から見たらあんなふうに見えてるといいわね」
 そう言って腕を絡ませてくる彼女が愛らしくて、エルドは笑った。
「そう見えてるさ、ダーリン」
「そろそろ行きましょ。あのカップルの邪魔をしちゃ悪いし、私たちも私たちの時間を楽しみましょう」
 彼女に促され、頷きかけたそのとき、女の子を抱えた男がエルドを見た。目が、合った。
 バチン!
 身体中に電流を流されたかのような衝撃が走った。一瞬息が詰まる。動けないエルドの先で、男の唇が動いた。唇の動きを読む力などないはずなのに、男がなんと言ったのかがわかる。

 ──幸せにな。

 男は、まるでエルドたちのことを知っているかのように言祝いだ。
 女の子を抱えたまま、男が踵を返す。
「待っ──!」
 エルドは思わず追いかけようとして、しかし急に絡んだ腕を振りほどかれた彼女の悲鳴で我に返った。
「あっ、すまん! 大丈夫か?」
「ええ……少し、びっくりしたけど」
 よろめいた彼女を支え、視線を雑踏に戻す。けれどもうどこにも、彼らの姿はなかった。
「エルド?」
 彼女が不思議そうにエルドの名前を呼んだ。
「エルド……どうして泣いているの?」
 心配げな声とともに頬に触れられ、エルドは自分が泣いていることを知った。
「あれ……? どうしてだろう」
 なぜ涙が出るのか、わからない。わからない、けれど。ああ、でも。

 エルドは、彼に会えたことが、なぜだか無性に嬉しかったのだ。



2015.7.30


 

 
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