カフェテラスにて
ミルクティーのおいしいカフェテラスで、ニファは友人を待っていた。もう待ち合わせ時間を過ぎているのだけれど、友人は一向に現れない。時間にルーズな彼女の遅刻には慣れていた。
頼んだのはもちろんミルクティーと、たっぷりバターのかかったパンケーキだ。
昼下がりのカフェはそれなりに賑わいを見せていて、席はそこここが埋まっている。ニファの真向かいの席にもお客がいて、真向かいであるから意識せずとも視界に入る。座っていたのは大学生くらいの男性と、妹だろうか、小学生くらいのかわいい女の子だった。
女の子はそのつつきたくなるような頬をぷっくり膨らませて、どうやらご機嫌ななめのようであった。
「オイ……そうむくれるな」
お兄さんらしき男性が、呆れたように息をつく。彼の隣にはこじゃれたショップの袋が置いてあったから、もしかしたら妹の服を見て回ってきたのかもしれない。
暇なので、いらぬ想像をしてしまう。早く来ないかな。
「むくれてません」
「だったらもっとマシな顔をしたらどうだ。せっかくのかわいい顔が台無しだろうが」
「かっ……!」
お兄さんの言葉に、女の子は絶句した。そしてとても悔しそうに、頬を赤らめてお兄さんを睨みつけた。
かわいいなぁ。ついにやける顔をティーカップで隠して、ちらちらと様子を窺ってしまう。
「別に兄妹に間違われることくらい、いつものことじゃねぇか」
んっ?
思わず顔を上げて、まじまじとふたりを凝視する。視線の先で、女の子はふいと顔を逸らした。
「……それが嫌なのに」
小さく呟いて、女の子はティーカップの中身をティースプーンで掻き回す。
「私は、あなたの妹じゃない。なのに、いつもそう間違われる」
……これは失礼した。ニファもてっきり兄妹だと思っていた。だがそうなると、このどことなく似たふたりの関係はなんなのだろう。
好奇心がむくむくと膨らむ。
だって、お兄さん──じゃない、彼を見る少女の顔は、いまや完全に恋する乙女だった。熱っぽく彼を見つめ、憤慨している。
「あなたは平気、なのですか? その……私を妹と言われて」
「まぁ、大学生と小学生だからな。その辺りは納得済みだ。仕方ないだろう。あと十年もすれば誰も何も言わなくなる」
対する彼は澄ましたものだ。女の子はそれを実に不満そうな目で見て、唇を引き結んだ。
「……私は、平気じゃない。あなたの妹でいるなんて、嫌」
うう、なんていうか、甘酸っぱいなぁ。そりゃあ、女の子からしたら、恋する男性の妹なんて嫌だろう。それにしては、彼の受け答えに違和感を感じるけれど。
「当たり前だ。俺だって、お前が妹なんざごめんこうむる」
彼はティーカップに口をつけて、目線を伏せた。
「妹じゃ……一緒になれないだろうが」
うぐっ。パンケーキが喉に詰まり、慌ててカップを煽る。
それは、それはつまり?
聞いていてドキドキしてきた。え、つまりこのふたりの関係って……
「……だったら、もう少し、我慢してあげます」
女の子は小さく口許をほころばせた。おお、笑うとますますかわいい。少女の笑顔にか、彼も微笑した。
「約束」
少女が小指を差し出す。
「私がおとなになったら、お嫁さんにしてくれるって約束、しっかり守ってくださいね」
彼は小指には指を絡めず、女の子の頬に手を伸ばした。手の甲で頬を撫で上げ、前髪を払う。
「ああ……約束だ」
聞いていて、ぞくりと肌が粟立った。彼の声は、とても小学生の女の子に向けるものではない色艶を含んでいた。
間違いない。このふたりは、好き合っているんだ……真剣に。
嫌悪感とか、ままごとのようだとか、そういうことは感じなかった。ただ、いいなぁ、と思う。真剣な恋をする相手に巡り会えたことが。
最後に彼氏がいたのは何年前だろう、なんて、我が身を振り返ってしまう。
「そろそろ行くか」
「はい」
ふたりが席を立つ。ニファは慌ててメニューで顔を隠した。メニューの端から、ふたりが手を繋いでいるのが見える。すると、すっとその手が離されて、ニファのテーブルに置いてあった伝票を拾い上げた。えっ? と反射で上げた先で、彼がニファを見下ろしていた。
「他言無用な」
彼はそう言うと、また女の子の手を引いて、さっさと会計に行ってしまった。ニファがリアクションを返す間もなく。
会計を済ませたふたりを、テラス越しに見送る。いまはまだあべこべなふたりだけど、その後ろ姿はお似合いに見えた。一瞬小さな女の子の姿が彼よりも背の高い女性の姿に見えて、ニファは目をこすった。けれど当然ながら、そこにあるのは彼と少女の姿で。
もう一度、ふたりをよく見ようと思ったときだった。
「ごっめーん! 遅くなった〜!」
びくん! と肩が跳ねた。振り返ると、友人がそこにいた。
「ハンジさん」
「出掛けにソニーとビーンがじゃれついてきちゃってさ〜。いやー、もう離れがたくってねぇ。ごめんごめん」
「いえ……おかげでいいものが見れたので」
「ん? 何々?」
ニファは見たものを説明しようとして、やめた。だってこれは「他言無用」なのだから。
にこり、と笑う。
「秘密」
「ええーっ、何ソレ! 気になるじゃん!」
「秘密です」
ニファは言って、バッグを手に取ったのだった。
2015.7.28