彼が見せる顔



「私が……妻を殺しました……」
 悔恨が深く刻まれた顔で、男はそう自白した。
「悪かったわね、工藤くん。また力を貸してもらっちゃって」
 妻の殺害を自白した男がパトカーに乗せられる様子を見つめる背中を叩き、佐藤は声をかけた。
「いえ、僕でお役に立てるなら」
 まだ高校の制服を着た少年は、それまで事件現場で見せていた大人びた表情から一転して、十八歳相応の笑顔で佐藤を振り返った。
「でも、工藤くんって受験生でしょう。内申に響くんじゃない?」
「う……」
「って、呼び出してるこっちが言えた話じゃないわよね」
 佐藤の言葉に苦い顔をした彼は、逃げるように視線をさまよわせ、ふと瞳を輝かせた。
「あっ……! あのっ、じゃあ、僕はこれで」
「あら、家まで送らなくていいの?」
「大丈夫です!」
 駆け出しながら叫んだ彼は、野次馬を掻き分けながら誰かを追いかけているようだった。ぽんっと音がしそうな様子で人込みから抜けた彼は、その誰かの腕をぐっとつかんだ。
「宮野!」
「あら、工藤くん。もうよかったの?」
 彼に腕をつかまれて振り返ったのは、同じ女の佐藤でも見惚れるくらい綺麗な子だった。彼よりはいくらか年上だろうか。大人びて見えるが、彼女もまだ未成年だろう。刑事としての観察眼からそう当たりをつける。
「事件は解決したからな」
「そう」
 小さく笑った彼女は、買い物袋を抱えていた。
「今日のメニューは?」
「コロッケよ。たまには揚げ物を食べさせてあげてもいいかと思ってね」
「へえ」
 頷いた彼は、何か物言いたげな様子だった。それを察したのか、少女はまた笑った。
「安心なさい。あなたの分もあるわよ」
「本当か!?」
 彼はぱぁっと顔を輝かせて、子どものように笑った。
 彼女が誰かは知らないが、彼にとって良い存在なのだろう。
 佐藤は彼のこういう年相応の表情を見ると少しほっとする。彼はまだ、こどもであれているのだと。
 探偵とはいえ民間人である彼に頼りっぱなしなのは、大人としても警察官としても情けないかぎりだが、彼は実に有能で、佐藤より、現場の誰より早く事件を解決できてしまう。それは悪いことではないのだと思う。それで犯人が捕まるのなら、面子など気にすることではない。
 だけど彼はまだ高校生で、こどもなのだ。それなのに、彼はあまりにこちら側に近すぎる。佐藤が彼とこうして親しく話すようになったのはまだ数ヵ月だが、それはひどく危ういことのように見える。でも、ちゃんといるのだ。そんな彼が年相応に振る舞える相手が。
 一時期失踪し、帰還した彼は、以前とは変わっていた。良い方向に。
 以前の彼は、なんというか目立ちたがり屋で、傲慢なところがあった。事件を解いたときも、まるで何かのショーを見ているかのようだった。でもいまの彼は、犯人を突き止めた際も、ショーのように推理を披露するのではなく、淡々と、そして少しの悲しさを宿して、できるだけ犯人に自首をさせるような話術を見せるようになった。
 彼の変貌は、きっと先頃起きた大規模な犯罪組織の摘発に関係しているのだろうが、佐藤はあえて聞かずにいる。
 知るべきときが来たら、きっと知ることなのだろう。
「佐藤さん!」
「高木くん」
 同僚であり恋人でもある高木は、佐藤のそばに駆け寄ってくるときょろきょろと辺りを見回した。
「あれ、工藤くんは? 彼を送るように目暮警部に言われたんですが……」
「必要ないみたいよ、ほら」
 佐藤は談笑する二人の姿を指し示す。どうやら彼女の荷物を彼が持つ、持たなくていい、と押し問答しているようだった。結局は彼女が根負けしたようで、彼に買い物かごを渡した。
「ああ、宮野さんですね」
「高木くん、彼女を知ってるの?」
「ええ、この間、たまたま工藤くんと二人でいたところにばったり出くわして、紹介してもらいました。ほらあの、去年まで阿笠さんのところにいた、灰原哀ちゃんとは従姉妹同士らしいですよ」
「へぇー」
 言われてみると、面差しがあの大人びた少女と似ている。血縁だというならそれもそうか。
「そう。今度、私も話してみたいわね」
 買い物かごを手に、彼は彼女と歩き出す。自分たちにも、幼なじみの少女にも向けるものとは違う表情を彼にさせる彼女と。
「ねえ、高木くん。今夜、夕食を一緒に食べない?」
 佐藤はにっこりと笑った。



2017.5.4

 
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