君と僕の未来


 司ちゃんを誰にも渡したくない。
 そう、ようやく自分の気持ちを自覚したのは、かなり遅かったと思う。我ながら鈍い話だけれど、司ちゃんだって気づかなかったんだからおあいこだ。
 僕と司ちゃんは、司ちゃんが二十の半ばに差しかかる頃に、結婚を前提としたお付き合いを始めた。母も祖母もそれは喜んだし、司ちゃんのお母さん──つまり伯母さんもだし、いとこ連中や、ほかの伯父伯母たちだって「ようやくか」といった雰囲気だった。ここまでは、僕たちの交際に弊害はない。
「絶っっ対にダメだ! 認めん!」
 ただ一人、司ちゃんのお父さんである覚伯父さんだけが、僕たちのことを認めていない。
「俺は司を、よりによって飯嶋家の──本家にやるために育てたんじゃない!」
 飯嶋家の──司ちゃんちのほう──のリビングでいきり立った伯父さんの気持ちはわからないでもない。確かに、大事な一人娘を、こんな得体の知れない(自分で言うのもなんだが)危うい甥っ子に、そしてそれに付随してしまう化け物屋敷に嫁がせるなんて、とんでもない話だろう。当事者でなければ、僕もやめておいたほうがいいよ、なんて言ったかもしれない。
 だけど当の一人娘は、僕より鈍かった。
「お父さんったら、どうしてそんなに意固地なの? 私と律が結婚することに、どんな問題があるっていうのよ!?」
「お前がわかっていないからこそなおさら反対なんだ!」
「なによ! お父さんのバカー!」
「親に向かってバカとは──」
 僕が口を挟ませてもらえないでいる間に、覚伯父さんと司ちゃんの空気はどんどん険悪になっていった。そうして「もういい!」と立ち上がった司ちゃんは、僕の腕をひっつかんで、居丈高に叫んだ。
「お父さんが認めてくれないんなら、駆け落ちしてやるんだから! 行こう、律!」
「こら! 待ちなさい! 司! 律!」
 伯父さんの叫びが木霊したけれど、僕の性根にはもう、飯嶋家の女性たちに逆らえないという悲しい性が染みついていた。
 駆け落ちといっても、駆け込む先は飯嶋本家──つまり僕の家なわけで。
「もう、お父さんったら、どうしてあんなに反対するわけ?」
「覚伯父さんは、司ちゃんが大切でたまらないんだよ。だから反対するんだ」
「大切にされてるのは……わかるけど……だったら、なおさらよ。だって律よ? 律が私を不幸にするわけないじゃない」
 うわっ、司ちゃん、それ、すごい殺し文句……
「……前に、司ちゃんに言ったよね。司ちゃんは、視えることから顔をそむけてる節があるって。伯父さんも少しは視える人だから、そんな司ちゃんが僕と結婚して、これからもずっといろんなことに巻き込まれるかもしれないって思うと、心配で心配で仕方ないんだよ」
「……視たくないものは、できることなら視たくないのよ。でも、ちゃんと視るようにする。いつも私と酒盛りしてくれる鳥とか、……孝弘叔父さんのこととかもね」
 言われて、僕のほうがドキリとした。確かに、あれで気づかれないほうが不思議なくらい、青嵐は司ちゃんの前で大っぴらになることもあったから。
「もう不思議なことに巻き込まれるのも慣れっこだわ。それで律のそばにいられるんなら構わないわよ」
 そう言って、司ちゃんは僕の肩に顎をもたせかけた。
 だから司ちゃんってば、どうしてそんなに殺し文句がうまいのかな……
「うん、僕も……」
 するりと指を絡めて、僕と司ちゃんはしばらく寄り添っていた。
「はぁーあ、秋だってのに暑いわねぇ」
 いつの間にか座卓でお茶をすすっていた祖母の声に、僕と司ちゃんは飛び上がったのだった。


 後日、僕は一人で覚伯父さんを訪ねた。難しい顔をしている伯父さんに、苦手な正座で背筋を伸ばす。
「──伯父さんには悪いけど、司ちゃんは僕がもらいます」
 単刀直入に言うと、伯父さんはぴくりと片眉を上げた。
「伯父さんが心配していることはわかります。司ちゃんは、自分の霊媒体質をよくわかっていない節がある。そんな彼女に、いまの飯嶋本家は危険な場所かもしれない。……それでも僕は、司ちゃんと一緒にいたいんです」
 まっすぐに、覚伯父さんを見る。
「司ちゃんは、僕にできうるかぎり、守り抜きます」
 長い長い沈黙が落ちた。そうして、まるで根負けしたように伯父さんは息を吐いた。
「……司のアザをどうにかしてやりたいと思って律を頼ったときから、これは決まったことだったのかもしれないな」
 そして、小さく笑った。
「司をくれぐれも頼むよ、律」
 その答えが意味することは、たったひとつ。
「──はい!」

 僕が司ちゃんの左手の薬指に指輪を嵌めるのは、数ヵ月後の話。



2017.4.7

 
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