グッドバイ、


 母たちが、どこまで本気だったのかは知らない。けれど僕が高校生の頃から、三つ年上の従姉に対して「うちにお嫁に来ない?」と何度も言っていた。
それはあっけらかんと彼女に断られて、僕自身本気にはしていなかったけど、彼女に彼氏ができたと聞いたときは祖母に偵察に行くように蹴り出されたりした。だから多分、わりと本気だったんだな、といまでは思う。そうでもしなければ、僕にお嫁さんなんて来ないと思っていたのかもしれない。何せ祖母は祖父と結婚した人だ。そしてそれはおそらく、当たっている。僕に、普通の恋愛はできないだろう。伯父と同じように。
「律!」
 普段は下ろしている髪をアップにして、それだけでずいぶん印象が変わる。美しくドレスアップした彼女は、真っ白なウエディングドレスの裾をほんの少しからげながら、それはそれは幸せそうな表情で僕に駆け寄ってきた。ああ、そんなドレスで走ったりしたら転ぶよ。
 思っていると、案の定、彼女はドレスの裾を踏んだ。
「──司ちゃん!」
 僕は慌てて両腕を広げた。ぼすん、と司ちゃんを抱き止める。僕の腕の中で、司ちゃんがほっと息をついたのがわかった。
「……花嫁さんが結婚式で転ぶなんて、縁起でもないよ」
「でも、律が受け止めてくれたでしょ?」
 間近で見る司ちゃんは化粧をしていて、そういえば、司ちゃんが化粧した姿なんて初めて見たかもしれない、と思った。そんなものしなくても、司ちゃんは綺麗だから。
「律も開さんも、ちゃんと来てくれてよかった」
「なにそれ。司ちゃんの結婚式なんだから、僕も開さんも来るに決まってるじゃない」
「だって律も開さんも、何かに巻き込まれて来られないこと、あるでしょ」
「それは、まぁ……」
 遺憾ながら肯定の意を込めて頷くと「ほら!」と司ちゃんは笑った。
 するり、と司ちゃんの腕が僕の首に回される。
「律……いまだから言うけどね、私、あんたのこと好きよ。もちろん従弟としてね。なんだかんだで、私とあんたって縁があるのよね」
「……うん。僕も、司ちゃんが好きだよ。縁があるのだって、司ちゃんより早く知ってたよ」
「なによ、それ。私が鈍いって言いたいの?」
「違うの?」
 ふふふ、と笑い合う。
「……ねえ、司ちゃん。覚えていてね」
 司ちゃんが星野の野郎と付き合い始めたとき、祖母に蹴り出されたものの、僕自身、見定めてやるくらいの気持ちはあったし、いろいろとイラついたこともあった。それは単純に、このどこか放っておけない従姉が大事だからなだけだと思っていた。でも。
「僕は司ちゃんがどこにいても、どんなときでも、司ちゃんが呼んだなら助けに行くから。それを忘れないで」
「……うん。律も、覚えていて。私も、律が大変なときは、いつだって行くから」
 こつんと額を合わせて、僕はそっと司ちゃんの身体を離した。
「ほら、司ちゃん、そろそろお婿さんのとこに戻りなよ。いくら従弟だからって、ほかの男といつまでも抱き合ってちゃ、旦那さんがやきもきしちゃうでしょ」
「律相手に? まっさかぁ」
「男はそういうもんなの。ほら」
 くるりと司ちゃんの身体を反転させて、僕は彼女の背を押した。司ちゃんは何度か僕を振り返りながら、花婿のところへ戻っていった。新郎の腕に手を絡ませて微笑む司ちゃんは、僕に見せるよりひときわ輝いた笑顔をしていた。
 ああ、悔しいなぁ。あの顔は、僕には決して向けられない。
「幸せにね、司ちゃん」

 さよなら、僕の初恋。



2017.4.6

 
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