あれから、の、あれから


 かごめが犬夜叉と生きることを選び、この戦国せかいに来てから、そろそろ一年が過ぎる。
 薬草を摘みに出かけていたかごめは、楓の家の前で殺生丸とりんを見つけた。ふふ、と微笑ましく思う。今度は何を持ってきたのだろう。
「あ、かごめさま!」
 りんがこちらに気づいて笑みを閃かせる。かごめも笑い返して、二人に歩み寄った。
「お義兄さん、来てたんだ」
 ギロリ、と殺生丸に睨まれるが、かごめは気にしない。どんなに犬夜叉や殺生丸が嫌な顔をしたって、かごめはことあるごとに殺生丸を「義兄」と呼んだ。なんという命知らずな、と邪見などは思っている。
「今度は何を持ってきてくれたの?」
「新しい帯をいただきました。こんなにたくさんいいのにって思うけど、殺生丸さまがりんを想ってしてくれていることだから、嬉しいです」
 うわ、りんちゃんまぶしいし、かわいいわ。
 ちらりと殺生丸を窺うが、表情は変わらない。相変わらずの無表情だ。でも多分、喜んでいる。
 ふわ、と殺生丸が浮き始める。それに気づいたりんが手を振る。
「殺生丸さま、行ってらっしゃい」
 なんて素敵な言葉だろう、とかごめは思う。以前のりんは、殺生丸の去り際には「また来てね」と言っていた。でもいつの間にかこの村は、りんがいる場所は、殺生丸の帰る場所になりつつある。
「待って、お義兄さん! 村外れまで送るわ!」
 薬草籠を持って小走りに駆け出したかごめを、殺生丸は振り返らなかった。だが、その距離は開かない。うっとうしければかごめを振り切って去ることもできるのに、そうしないそれは間違いなく優しさだ。
 人が変われるように、妖も変わることができる。殺生丸の場合は、もともと優しさを持っていて、その優しさが眠っていただけなのかもしれないけれど。でなければ、殺生丸に天生牙が振るえたはずがない。
 彼の父親は、人間である犬夜叉のお母さんを愛した妖怪ひとだ。犬夜叉と殺生丸の優しさは、お父さんから受け継いだものなのだと思う。
 低空で飛ぶ殺生丸のあとを歩きながら、かごめはそんなことを考える。
「……かごめ」
 ふと、殺生丸がかごめの名を呼んだ。殺生丸に名前を呼ばれることなどほとんどなくて、かごめはちょっとだけびっくりする。
「なぜ、私を義兄と呼ぶ」
「なぜって……殺生丸は、犬夜叉のお兄さんなんだし、だったら私にもお義兄さんだから」
 犬夜叉の名前を出すと、先ほどよりもきつい一睨みが返ってきたが、やっぱりかごめは気にしなかった。
「殺生丸……あなたには、話したことなかったかな。私はね、この時代とは違う時代に生きてきたの。もっともっと先の未来……でもいろいろあって、私は犬夜叉と巡り会った。犬夜叉を好きになった。だけど……四魂の玉がなくなって、私は戦国こちらへ来られなくなってしまった。四魂の玉が消滅したことで、私の役目は終わったから」
 殺生丸はかごめの話を遮らない。やっぱり犬夜叉と似ている。
「向こうに……家族がいたの。お母さんとおじいちゃんと、弟。友だちだっていたわ。大切なもの、大事な人、たくさんあった。こちらのことを忘れられなくても、向こうで生きていくことはできた。でも私は、どうしても犬夜叉と生きたかった。全部を捨てて……ううん、全部を抱えて、犬夜叉に会いに来た。そのことに後悔はないわ。……だけどね」
 もういまは通れない、井戸の向こうにいる家族。元気にしているだろうか、していてくれるといい。
「時々は、さみしい。やっぱり、私の大切な家族だから。でも家族って、作れるのよ、殺生丸。犬夜叉と殺生丸のお父さんとお母さんが出会って、あなたたちが生を受けたように」
 そこでかごめは殺生丸を見上げた。視線が、合う。
「血の繋がりがなくたって、家族は作れる。犬夜叉が私の家族になってくれたように、弥勒さまや珊瑚ちゃんや七宝ちゃん、楓おばあちゃんだって、私の家族なの。だから私は殺生丸、あなたとも家族になりたい。私は、あなたをお義兄さんって呼ぶわ。これからもずっとね」
 殺生丸が立ち止まる。しばしの間かごめをじっと見たあと、ぷいと顔を逸らした。
「………………好きにしろ」
「うん、好きにする」
 ぶわりと殺生丸が上昇する。話している間に村外れまで来ていたのだ。かごめは笑って、手を振った。
「またね、お義兄さーん!」
 いまはまだ、かごめは殺生丸に「行ってらっしゃい」は言えない。それはりんの特権だから。けれど何年かして、かごめも殺生丸に「行ってらっしゃい」と言えるようになったらいいと思う。家族として、彼の義妹いもうととして。
 雲の切れ間に消えていく姿を眺めていると、後ろから半泣きの声がした。
「お待ちくださいっ、殺生丸さま〜!」
 ぜぇはぁと、邪見が駆けてくる。かごめはぱちくりと目をまたたいた。そういえば静かだと思ったら。
「邪見……あんたいたの?」
「殺生丸さま〜!」と叫んでいた邪見は、小石に蹴躓いて転んだ。



2017.4.2

 
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