私の通う女子高は伝統ある、いわゆるお嬢様学校だ。校内には『良妻賢母』なんて時代錯誤な額が掲げられているところだってある。
 とはいってもこのご時世、お嬢様なのはせいぜい全校生徒の三分の一くらいだし、あとは私の家みたいな一般家庭の子が多い。なんといっても制服がかわいくて、それでこの学校を選んだ子もたくさんいる。校則だって、一応男女交際は禁止、なんて何時代だよってのも生徒手帳に載ってるけど、実際は有名無実の状態だ。教師がいる空間でも、話題さえ選んでいれば彼氏の話をしたって問題ないし、たまに他校の男子生徒が迎えに来ていることもある。見ていて羨ましくなる、ただただ微笑ましい光景だ。
 今日は朝から、どことなく校内が浮き足立っていた。彼氏も片思いの相手もいない私はすっかりスルーしてしまっていたけれど、そうだ、今日はバレンタインだった。
 学校が終わったら彼氏や、片思いの相手に渡しに行くんだろう。うーん、私も片思いの相手くらい作るべきかな。乙女として。
 なんて気づいていたから、何人かはお迎えが来るかもな、とは考えていた。

 だけどまさか、真っ赤な外車に乗った、バラの花束を抱えた男が現れるなんて、誰が予想できただろう!

 いやいや待って、あのイケメン、何!?
 車になんか詳しくない私でも外車だとわかる車によりかかってバラの花束を抱えた男は、サングラスをしてタバコの煙を燻らせていた。学校の真ん前で喫煙とか根性あるわね。
 サングラスで顔が見えなくてもわかる。あれはイケメンだ! 根拠は何かって? イケメン以外がバラの花束抱えててさまになるわけないでしょうが!
 想定外の光景に、いつもなら羨ましくも微笑ましい他校の男子生徒のお迎えが霞む。かわいそうに。君は悪くない。相手が悪かった。
 みんな、男が待つ相手が気になって、このあと彼氏と待ち合わせしているだろう子たちですら動けずにいた。

「ちょっと!」

 ある種の膠着した空間を裂いたのは、誰かの叫びだった。
 私の横を駆け抜け、コートをひるがえして一直線にイケメンに向かっていったのは、天然だという茶髪の同級生だった。
 ところで、私のクラスには、宮野志保さんというとんでもなく美人さんがいる。同い年でクラスメイトなんだからちゃん付けでもいいとは思うのだが、なんというか、すっごく大人びていて、私たちとは違う次元を生きているように見える。そんな彼女を志保ちゃん、だなんて、畏れ多い感じで、彼女はクラスでは宮野さんと呼ばれていた。
 宮野さんは外国の血を引いているそうで、日本人とは違う彫りが深い顔立ちをしている。そして美人だ。大事なことなので二度言う。さらに、とんでもなく頭が良い。実は彼女は三年からの編入生なのだが、編入試験は満点を叩き出し、彼女が来てからは常に成績はトップだ。そりゃ、うちとてそこまで偏差値の低い学校ではないけれど、宮野さんはとてもこんな学校でうずもれていい人ではないと思う。彼女の優秀さは本物だ。もちろん努力もしているんだろう。教室で、予習や復習をしている姿をよく見る。だけど元が、私たち凡庸な一般人とは違うんだってことくらい、私にもわかる。だからこそ、なんでこんなただの女子高に編入してきたのか、ずっと不思議だった。
 さて話を戻して、バラを抱えたイケメンに駆け寄ったのはなんとびっくり、その宮野さんだった。
 いつもはクールに表情をあまり変えない宮野さんが、イケメンのところに辿り着くと、顔を真っ赤にして怒鳴り出した。
「あなたねえ、何考えてるのよ!? ここは日本の、それも普通の女子高の前なのよ!? それを、なに、そんなこと……ッ!」
 それ以上言葉にならないらしい宮野さんに、吸っていたタバコを携帯灰皿に捨てたイケメンが初めて口を開いた。
「気にするな。どこででも、俺は同じことをしたさ」
 うっお、イケメンは声もイケメンなのか。え、腰砕けそう。
「気にするわよ! せめて家で待ってなさい!」
「一刻も早く会いたかった。それに、変な虫がついていないか心配だったしな」
 と、イケメンの視線はちらりと辺りにいる他校の男子生徒を見た……ように思う。
「虫なんてつくわけないじゃない。あなたが気にするから女子高にしたのに」
 あ、思わぬ形で、才女がうちの学校に通っている理由が判明した。いやしかし宮野さん、イケメン──訂正、彼氏さんの懸念は正しいぞ。いまいる他校の男子生徒は幸いお迎え部隊だが、宮野さんを目当てに顔を出す輩も少なくないのだ。本人は全然気づいてないけど。
「大体、この薔薇、何本あるのよ……」
「101本だ」
「そんなに……どうするのよ、これ……」
「子どもたちにでも分けてやればいいさ。──志保」
 彼氏さんはふっと笑った。それがまたさまになっていて、控えめに言ってもかっこいい。
「Happy Valentine's Day,Honey?」
 流暢な発音で発せられた言葉に、周りが黄色い悲鳴を上げた。あっ、私じゃなかった。てっきり心の声が出たかと思った。
 宮野さんは頬を赤らめたまま、ため息をひとつついて、彼が差し出すバラの花束を受け取った。
「Thank You,Darling」
 返す宮野さんの発音も流暢だった。そのまま彼女は彼氏さんにエスコートされて、車に乗り込んだ。あれはどちらもエスコートし慣れているし、され慣れている。
 彼氏さんの車が走り出し、茫然としている私たちを残したまま、二人は帰っていった。
「なんか……すごいもの見たわ」
 誰かの呟きに、私も同意する。
「ホントだね。でも、いいもの見れたわ」
 私が答えると、隣にいたクラスメイトも笑った。
「そうね。それにしても、宮野さんって結構かわいいのね、ちょっと意外だったわ」
「私、決めた」
「え?」
「明日、勇気を出して志保ちゃんって呼んでみるわ。なんだか仲良くなれそうな気がするの」
 そう、仲良くなりたいなら歩み寄らなくちゃ。きっと彼女はちょっと驚いて、でもはにかんでくれる気がするの。
 明日への期待に胸を膨らませて、私は一歩踏み出した。

 ──帰宅後、101本のバラの花束の意味を調べた私は、変な声が出た。


宮野さんとイケメン


 赤い薔薇が101本。意味は『最高に愛している』



2017.2.14

 
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