虹の麓



 不思議と、怖くなかった。
 ついさっきまで初めて感じる死への恐怖に泣いていたはずなのに、いまは笑っていた。
 エースも、デュースも、トレイも、ケイトも、シンクも、サイスも、セブンも、エイトも、ナインも、ジャックも、クイーンも、キングも。みんな、穏やかに、楽しそうに笑っていた。
 こんなに傷だらけなのに、痛みも感じない。それはみんなと一緒だからかもしれないとエースは思った。
 僕たちはこれから、どこへ行くのだろう。
 そんなことを考えながら、エースは瞼を閉じた。
 次に目を開くと、エースは真っ白な世界に立っていた。見渡すかぎり広がる白の世界。何もない。
 一緒にいたはずのきょうだいたちもいない。しかし不思議に、見えないだけで彼らもここにいるのだとわかった。
 どうしようか少し悩んで、エースは歩き出した。とりあえずまっすぐに。
 すると遠目にひとつ、白とは違う色彩があった。
 靄のかかるそこから、七色の光がのびやかに伸びている。どこまで伸びているのか、首が痛くなるほどに顔を傾けても上は見えない。
 いつまで上を見ていても仕方ないので、エースは根本を見つめた。──虹の、麓を。
「虹の……麓」
 虹の麓には宝がある。そんな都市伝説のようなことを言っていたのは誰だったろう。シンクだったかもしれない。そうだ、それでそれを聞いたトレイが虹について語り始めて、みんなでうんざりしたものだった。
 ふと、靄の中に人影が見えた。靄に隠れて誰かはわからない。だけど……知っているような気がする。
 エースは一歩を踏み出した。歩みは次第に走りになり、エースは駆ける。風のように、虹の麓まで。
 靄が晴れていく。顔が見える。あの人は。
「……──隊長ッ!」
 忘れたはずのその人の記憶が溢れる。記憶のままのマスクをした彼は、いつもは厳しかった瞳をやわらげてエースを待っていた。足元にはトンベリもいる。
「隊長……僕たち、」
「わかっている。──よく、頑張った」
 す、とクラサメが顔を上げる。
「お前たちも」
 いつの間にか、周りにきょうだいたちがいた。みんなエースと同じ表情でクラサメを見ている。きっときょうだいたちもエースと同じようにここへ来たのだろう。導かれる、ように。
 あぁ、そうか──クラサメは。
「僕たちを、迎えに来てくれたんだな」
 トンベリも。手を伸ばすと、決して触れさせてくれなかったトンベリが頭を撫でさせてくれた。
「私はお前たちの指揮隊長だからな」
 それに小さく笑って、エースは先に聞いたトレイの蘊蓄を思い出した。ここにあるこの橋は──。
「ヴァルハラの橋だ──」

 みんなで渡る、天上の橋。



2014.5.3


 
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