想い出なんかひとつあれば十分なのに



 イスカンダルの手によってヤマトそのものがコスモリバースシステムとなったことで、ヤマトの出航日が決まった。
 出航に向け慌ただしくなる中、ユリーシャは玲とメルダの三人で最後の乙女会を開催していた。
「本当にいいの? アイツ地球に戻ってもどうせ軍法会議処分なんだから、ふんじばってこっちに置いてっても誰も文句言わないわよ? なんなら手伝うけど?」
「気にくわない糸目だが、ユリーシャさまの幸せのおんためなら私も喜んで玲を手伝おう。あの糸目をふんじばればよいのだな?」
 物騒に微笑み合う玲とメルダをよそに、ユリーシャはあーんと大マゼランパフェを頬張った。
 メルダいわくの糸目とは、言うに及ばずヤマトの元保安部長伊東真也のことである。収容惑星レプタボーダで瀕死となりながらも生還した彼は、いつの間にかユリーシャ専属の護衛官にされていた。ユリーシャが何より伊東から離れなかったし、拒否すればまた営倉に放り込まれるだけだ。
 そうして気がつけば、ヤマトクルーの間では伊東=ユリーシャの法則が出来上がっていた。ふたりは相思相愛の仲だという認識が浸透していたのである。
 女嫌い異星人嫌いのあの伊東さんがなぁとしみじみしながら、誰もが伊東はイスカンダルに残ると信じて疑わなかった。どのみち地球に帰っても伊東を待っているのは軍法会議だけである。それならユリーシャとイスカンダルで過ごした方がいいではないか。だが、伊東はそんな気はさらさらないと言い放ち、ヤマトクルーを驚愕させた。そしてユリーシャも、最初から伊東がイスカンダルに残るとは思っていなかったのだった。
「愛してるの」
 彼女はいつも唐突だ。玲とメルダがユリーシャを見る。
「イトーは、地球を愛してるの。だから帰るの」
 玲とメルダは顔を見合わせ、玲がユリーシャに食ってかかった。
「けど! アンタは本当にそれでいいの? 一度地球に帰ったら、そう簡単にまたイスカンダルまで来るなんてことできないんだよ?」
「はてな?」
 ユリーシャは心底不思議そうに首を傾けた。
「イトーとの想い出がひとつあれば、十分よ?」
「ユリーシャ……」
 言葉を失う友人たちににこりと笑って、ユリーシャはまた、パフェを頬張った。


 波を掻き分け、雄大な艦がゆっくりと浮かび上がった。
 第一艦橋のメンバーはそこから離れられなかったが、手の開いているクルーは総員甲板に並び、見送りに出てくれたイスカンダルの第三皇女と彼女の護衛に精一杯の感謝を込めて敬礼を送っていた。
 その光景は第一艦橋でもモニターで確認できる。古代はふと、大勢のクルーから離れた場所に立つ伊東を見つけた。彼はいつもと変わらない、ちょっと斜に構えた、興味がない風情で佇んでいた。
 出発直前に伊東と話したことを古代は思い返した。
「本当に、伊東さんはイスカンダルには残らないんだな」
 兄のメッセージを聞いたあと、兄が最後に過ごしたイスカンダルの空気を吸いたくなった古代は、甲板に出た先で先客を見つけた。伊東である。古代は考える間もなく訊いていた。
「……まったく。戦術長あなたまでそんなことを言いますか。大体、どうして私があのお姫様のためにイスカンダルに残らなきゃならないんです? 帰りますよ、地球に」
「待っているのが軍法会議でも、か?」
 古代は伊東の反乱を直接見たわけではない。第一艦橋であったことは雪や島から聞いたが、結果として死者はなかったし、あれも伊東なりに地球を思ってのことだった。だから新見も反乱に加担したし、始めは穏便に真田を取り込もうとしたのだろう。
 それに、古代は伊東がレプタボーダで何を願ったのかを直接ユリーシャから聞いている。だからどうしても伊東を憎めないし、あれは過ぎたこととしてもいいのではないかとすら思ってしまっている。
 ついと伊東は閉じていた目を片方開いた。
「甘いですねぇ、戦術長も。自分が起こしたことへの責任くらい取りますよ。そうでなければ、七色星団で死んだ彼らは犬死にしかなりません」
 古代は目を丸くした。彼がそんなふうに思っていたとは知らなかった。
「……俺はどうやら、あなたを少し誤解していたようだな」
「そうですかね? 私は誤解されるほどいい人間ではありませんから」
 言いながら、伊東は古代に背を向けた。話はここまでということか。
「戦術長」
 踵を返した古代を伊東が呼び留める。古代が振り返ると、伊東は背を向けたまま続けた。
「気まぐれにひとつ、教えて差し上げますよ」
「なんだ?」
「人間なんてのはね、想い出がひとつでもあれば存外生きていけるものなんですよ」
 それはユリーシャのことかとは、聞かなかった。



 ┼ ┼ ┼ ┼



「イトー、ここよ。ここにはイトーのほかには、ユキしか連れてきたことがないの」
「森船務長と同列ですか……」
 伊東の呟きに、ユリーシャは首を傾ける。
「はてな? イトー、何か言った?」
「いいえ」
 咲き誇る青い花びらをつけた花の園。碧水晶という名のこれはイスカンダルの国花なのだという。
 確かにこの青い星には似合いかもしれないな、と伊東は思った。
「それで? こんなところに連れてきて、一体なんです?」
「愛してるの」
 唐突だった。ユリーシャはいつだってそうだ。
「イトーは地球を愛してる。私も、イスカンダルを愛してる」
 伊東は脱力した。そういう話か。では何を期待していたかと言えば、……別に期待などしていないし、することもないが。
「あと、イトーも愛してるの。イスカンダルと同じくらい」
「……は、い?」
 我ながら間の抜けた返答だった。
「イトーは? 私のこと、愛してる?」
 そうしてなぜさもありげに聞いてくるのか、伊東は舌打ちしたい気分に駆られる。
「愛してないの?」
 そんな残念そうな顔をしないでもらいたい。
 伊東は口を開きかけて──やめた。時に行動は言葉より雄弁だ。
 少し屈めば、桜色の唇は簡単に奪えた。何をしているのかと理性が頭の片隅で言っていたけれど、伊東はしばらくそのままでいた。
 身を起こすと、ユリーシャはぱちぱちと瞳をしばたいていた。けれどふいにとろけるように微笑む。
「これがイトーの答えね」
「……ふん」
 ざぁっと、碧水晶が風に揺れた。



2014.4.6


 
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