亡き人のための
収容惑星レプタボーダにおいて星名が一番に衝撃を受けたのは、収容所の有り様や現ガミラス政権に反旗を翻したガミラス人たちでもなく──伊東の死だった。
七色星団での戦闘の際、伊東たち反乱兵たちを収容していた営倉も砲撃を受け、そこにいた者は皆、助からなかっただろうと判断された。あまりにあっけない結末に誰より茫然としたのは、反乱を未遂で終わらせるためのストッパーを直接引いた星名だったかもしれない。
星名は、決して伊東が嫌いなわけではなかった。確かにうわぁこの人ひととしてどうなんだろうという一面はあったけれども、それでも、伊東は悪い人ではなかった。ただ大多数より考え方ややり方が違うだけの、根っこでは大多数と同じ目的を掲げていたはずの人だった。──地球を、救うという、人類が掲げる夢。願い。
その伊東が生きていて、そして死んだのだという。
こうして、眠るような伊東の死に顔を直接見なければ、星名はまだ、信じられなかったかもしれない。
「星名」
ほんの少しの幼さと無邪気さと、凛々しさを持った声が星名を呼ばわる。
振り返るといつの間にかここ──ヤマトの霊安室──に、ユリーシャは立っていた。
伊東は、彼女を助けたのだという。ユリーシャを助け、そして撃たれた。
伊東を知る者で驚かない者はいなかっただろう。
女が嫌いだった。異星人が嫌いだった。そのひとが異星人の女を助けたことを。
「……なんでしょうか? ユリーシャ」
「星名に、頼みがあるの」
「頼み?」
「私に、イトーの服をちょうだい」
「え……?」
予想外のお願い事に、星名は少々面食らった。
「なぜ、僕に?」
「サナダに、イトーの服が欲しいと言ったら、星名なら持っているかもしれないと言われたの」
星名は真田の慧眼に舌を巻く思いだった。確かに、星名は持っている。ユリーシャが望むものを。
伊東は営倉に入るとき、何も望まなかったので、彼の数少ない私物と制服は星名が預かっていたのである。けれどそれは伊東本人にしか伝えていなかったのに。
それにしても、彼女も変わったものを欲しがる。
「それなら、あとで……」
「いまがいい」
星名はまじまじとイスカンダルの皇女を見つめた。
「いまがいいの」
森とよく似た、彼女より少し色素の薄いユリーシャの紫の瞳は、言外に譲らないと語っていた。
「じゃあ、取ってきますけど……上下、ですか?」
「上だけで、いい」
星名が頷いて伊東のそばから離れると、代わりにというふうにユリーシャが伊東に侍った。
伊東の制服を大事に抱えて戻ってきた星名は、驚いて足を止めた。ユリーシャが、伊東の額を優しく撫でていたからである。いとおしむように。
「……ユリーシャ」
そっと名を呼ぶと、ユリーシャは星名を振り向き、表情を明るくする。
星名の手から伊東の制服を取ると、いそいそと上着を羽織った。肩幅も袖もユリーシャには大きく、長い。けれどユリーシャはそれを嬉しそうに着て、袖口を顔に寄せた。
「……イトーの匂いがするね」
綺麗に洗濯されている上着に、伊東の匂いなど残っているわけがないだろうに、ユリーシャはひとりごちた。
ぱたぱたと袖を振って、ユリーシャは伊東に向き直った。
「ね、イトー。これでイトーと私、一緒よ。一緒にイスカンダルへ行って、お姉さまに会って……地球を救うの」
星名ははっと肩を震わせた。……伊東が最期に何を願ったのか、わかったような気がする。
ユリーシャは、死者を悼んでいるのだ。
伊東とは一番縁の薄かった彼女が、一番に伊東の死を悼んでくれる、この僥倖。
(……伊東さん)
何も言わず伊東に寄り添うユリーシャの後ろで、星名は初めて、故人のための涙を流した。
2014.3.26