忘れられない人



「ジュピターは彼氏、作らないの?」
「え?」
 帰り道、ファーストフードショップで友人と話すのはある意味学生の特権だった。
 セットメニューを頼んで、あれこれ話題の花を咲かせていた最中、友人がそう言った。
「ジュピター、可愛いから、あんたに気があるって男の子結構多いのに、誰とも付き合わないよね。なんで?」
「なんで……って言われても。どうしてそんなこと聞くの?」
 ジュピターが戸惑うと、すかさず友人は畳みかけた。
「だって、あたしたちもう高校生なんだよ? 周りは彼氏だなんだって言っててさ、あたしも募集中だけども、それなのにジュピターからは恋バナとか、そういう浮いた話聞いたことないと思って。ね、ジュピターはさ、好きな人とかいないの?」
 友人は妙にキラキラした瞳をジュピターに向けてくる。
 ジュピターはしばらく紙コップに刺さるストローをいじり、やがてぽつり、と呟いた。
「……忘れられない人なら、いるかな」
 ごくん、と友人は噛んでいたポテトを飲み込んだ。
 忘れられない人がいる、そう言ったジュピターの顔は、いままで見たことがない顔だった。
 高校生と言ったって、どこか子どもだ。大人には成り切れていない。
 なのに、ジュピターの顔はひどく大人びていて、穏やかで、それでいて、切なげだった。
「……どんな人だったの?」
「──優しい、ひとだったわ」
 そう、と友人は頷いた。それ以上は聞けなかった。
 ジュピターが浮かべた笑顔はとても綺麗で、透き通るように儚いものだったから。


 ジュピターはベンチに座り、夜空を見上げる。
 彼と最後に会ったあの日も、こんな風に美しい月夜の晩だった。
 彼は不思議な人だった。
 どうやって出会ったのか、なぜ別れが訪れたのか、そういうことはわからない。あの頃は彼女が幼かったこともあるけど、どうしてだかジュピターの中で記憶が噛み合わない。何かを忘れているのに、それでも彼のことだけは覚えている。
 最初は怖いお兄さんだと思った。
 そっけなくて、伸ばした手を振り払われて。でも、一緒に過ごすうちに彼はそっけないけど優しい人なんだとわかった。ジュピターを怖いことから守ってくれた、助けてくれた。
 幼心に彼がジュピターだけに見せてくれる優しさが、とても嬉しくて。
 別れの日には、笑顔も見せてくれて。
 彼に何があったのか、ジュピターにはいまもわからないままだけど、彼がどこへ行ったのかだけはわかる。
 彼は行ってしまった。遠いところへ、ジュピターが二度と会えない場所へ。
 いまでもあの日を思えば泣きたくなる。だけど、泣かない。きっと彼は、ジュピターの泣き顔は見たくないはずだから。
 ジュピターは隣を見つめた。
 そこには彼の形代が置いてある。
 彼に贈り損ねた人形と、彼がいつも吸っていたタバコが。
 ジュピターは時々こうやって過ごす。彼を思い出すときは、いつだって幸せな気持ちでいられるから。
 だって、彼はジュピターの。
「……シュガル」
 彼の名を呼ぶ。
 彼が「可愛い」と言ってくれた声で。

「……あなたはきっと……私の初恋だったの……」



2011.3.24

※このお話を書いた時点ではシュガル死んでいたのに、のちに復活して嬉しかったけど「うえぇぇぇ!?」ってなりました。


 
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