猫と衣装と
 

「……何をしているんだ、二条の姫」
「……た、助けてください、宮さま」
 挿頭の君とともに木の上にいる宮子の姿に、蛍の宮は呆れたように息をついた。
「なんとなく理由はわかるが、なぜそんなところにいる?」
「か、挿頭の君が木に登って、下りられなくなってしまったんです。それで……そのう、挿頭の君を助けようとわたしも木に登ったら……」
「……きみも下りられなくなったわけか」
「は、はい」
 木登りなんて慣れている。大丈夫だと思って登ったはいいものの、御匣殿として必然的に重ね着した衣装が邪魔で、また高級な衣を破るのが怖くて、下りられなくなってしまった。
 どうしよう、と思っていたところを、蛍の宮に発見されたのだった。
「ほら」
 蛍の宮が宮子に向かい、両手を広げた。
 不思議に思っていると、蛍の宮はぶっきらぼうに続ける。
「飛び降りろ、と言っているんだ。ぼくが受け止めてやる」
「で、でも……わ、わたし、重いわ……」
「ぼくはそんなにやわじゃないぞ。大体、きみを抱き上げた経験もきみをおぶって走った経験もあるんだ。いまさら落っこちるきみを受け止めるくらい、どうということはない」
 きっぱりと言い切った蛍の宮を見つめ、宮子は腕に抱いた挿頭の君を見た。にゃあん、と挿頭の君が鳴く。
 宮子は意を決した。
「は、はい、宮さま」
「大丈夫だ、二条の姫」
 それを合図に宮子は目をつむり、木から飛び降りた。
 びりっ、と衣を裂く音が聞こえる。
 次の瞬間、宮子は蛍の宮に抱き留められていた。
「──大丈夫だっただろう」
「は、い……ありがとうございます、宮さま」
 目を開けた宮子は蛍の宮に礼を言い、袖を見た。
「裂けちゃった……」
 滝川の命婦に怒られるわ、と青ざめた宮子に、蛍の宮のつんとした声が届いた。
「一度桐壺に行こう。ちょうどきみに贈ろうと思っていた衣装がある。日の宮にせがまれて、とでもいえば、衣装が変わっていても不思議には思われない」
「宮さま……」
 宮子が驚くと、蛍の宮は言っておくが、と付け足した。
「日の宮がきみに衣装を贈りたい、と言い出したんだからな。ぼくは日の宮が選んだものの中から、きみに合いそうなのを選んだだけだ」
 宮子は微笑んだ。
 宮さまがわたしのために選んでくださった。−−嬉しい。
「ありがとうございます、宮さま。とっても嬉しいです」
「れ、礼ならぼくじゃなくて、日の宮に言え」
「はい、でも、宮さまも選んでくださったのでしょう? ありがとうございます」
「……どういたしまして」
 にゃあん、と挿頭の君が鳴いた。



2010.6.7


 
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