確かその日はちょうど雨が降ってて、だから昼休みにクラスの女の子たちが騒いでたなぁとあたしは思い出した。
「ねえ、そういえばさ、相合い傘って憧れなーい?」
「相合い傘〜? もうそんなの古くない?」
「そっかなー、私は憧れるな。彼氏とふたり、ひとつ同じ傘の下……って状況」
「それそれ」
「なるほどねー。でもまあ、ふたりとも、そういうのは彼氏ができてから言いなよ」
「ちょっとあんた、自分だけ彼氏がいるからって言うねー」
「羨ましいぞー」
 あははははと明るい笑い声が響いて、相合い傘かぁと思ったことを覚えてる。
 そんなことをふっと思い出したのは、いまのこの状況のせいだとあたしは思う。
 所長様のお供でどっさり注文した本を取りに行った先で、通り雨に降られてしまったのだ。だから、いまは本屋の軒先で雨宿り。
 ちらり、と隣に目をやれば、漆黒の麗人が険しい顔をして曇天を見上げていた。
 その表情だけで、あたしにはナルが考えてることが手に取るようにわかってしまった。
 早く帰って本を読みたいけどこのままだと本が濡れる、とか考えてるんだ。
 そこんところはわかりやすいなあ。
 なんだかそれがすごく可愛く思えて、あたしは考え、すぐに行動に出た。
「ナル、ちょっと待ってて」
 ナルの視線があたしに向けられる。
 あたしはそれに笑顔で答え、店内に戻った。近くにいた店員さんにいくつか頼み事をする。ナルは度々たくさん本を買う、いわゆるお得意様だから、多分聞いてくれるだろうなって思ったんだよね。
 案の定、店員さんは快く頼み事を聞いてくれた。
 あたしはお礼を言って、すぐさまナルのところへ戻った。
「お待たせ、ナル」
「……それは?」
「見たらわかるでしょ? ビニール袋と傘だよ」
 笑って、あたしは大きなビニール袋と一本の傘を示した。
「本が濡れないようにこっちのビニールに入れて、ふたりで傘差して帰ればいいじゃない。そしたら、この雨が止むまで待つことなく本読めるよ?」
「……傘を二本借りることはできなかったのか?」
「店員さんは二本どうぞ、って言ってくれたんだけどね。こっちは借りる側だし、全身濡れねずみにならないだけありがたいじゃん。でも、だったらって大きな傘借してくれたんだよ。たまにはいいんじゃない? 滅多にできないよ、相合い傘」
 にーっこりと言えば、ナルは仕方ないというようにため息をついた。そして、手を差し出してくる。
 迷わずに傘を差し出したら、「違う」とナルが言った。
「え?」
「傘じゃなくて、荷物」
 ナルの言葉に不覚にも、あたしはじわりと胸にあったかいものが溢れ出るのを感じてしまった。
 ナルは時々、本当に時々、紳士の国の人らしく優しいから、困る。
 うむむむむと唸っていると、ナルはやっぱりナルらしく続けた。
「谷山さんが荷物をお持ちになりたいとおっしゃるなら、僕は別に構いませんが?」
「いやいやいや! お願いする、ナルにお願いする!」
 あたしはがさがさとどっしり重い紙袋をビニール袋に入れてしっかり防水すると、それをナルに渡した。
 よっとあまり使い慣れない大きな傘を開きながら、あたしはふと思った。
(……お願いする、っていうかそもそもこの荷物、全部ナルのじゃ……)
 そんなもっともなことが頭をよぎったけど。
「麻衣?」
 ナルが穏やかにあたしを呼んだから。
「ううん。行こう、ナル」
 なんだかどうでもよくなってしまって、あたしはナルとふたり、雨にけぶる街へ足を踏み出した。


相合い傘


(帰ったら、麻衣ちゃんとっておきのお茶淹れたげるね)
(……ああ)



2010.11.8


 
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