アフタヌーンティー
 


「ナル、こんなところにいたんだ」
 その声に顔を上げれば、見知った顔がそこにあった。
 まあ、見知るも何も、それ以前に自分と瓜二つの顔だが。
 公園のベンチで本を読んでいたナルを見つけたジーンは、その隣に腰を下ろした。
「今度は何読んでるの?」
「アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドの『過程と実在』」
「うわ〜……またえらく難解なやつを選んだね。……ナル、わかるの?」
「読みごたえはある。少しは時間がかかるだろうけど」
「ふうん」
 その場をふわりと風が通り抜け、二人の髪を揺らした。
 よいしょ、とジーンが立ち上がる。
「帰ろう、ナル。ルエラたちが待ってる」
「……もうそんな時間か」
「そうだよ、だから迎えに来たんだ。アフタヌーンティーの時間だ、ナル」
 にっこりとジーンは笑う。
 パタンと本を閉じて、ナルも立ち上がった。
「ティータイムは家族で過ごさないとね」
「…………そうだな」
 言いながら歩き出すと、本を持っていないほうのナルの手をジーンが握った。
 ナルは眉を寄せる。
「ジーン」
「いいじゃない、たまには」
「ぼくたちはもう十三だぞ」
「知ってるよ」
「子どもならいざしらず、もう手なんか繋ぐ歳じゃない」
「でも、ぼくたちまだ子どもだよ? 世間一般から見ればね」
 ジーンは続ける。
「保護者がいなくちゃ何もさせてもらえない、ただの子どもだよ、ナル」
 ね、と笑ったジーンにナルはため息をついた。
 そんなナルの手をもう一度握り、ジーンは走り出す。
「ジーン!」
「早く行こう、ナル! ルエラとマーティンが待ってるよ!」
 ナルの怒りなどどこ吹く風でジーンは笑う。楽しそうに。
 その横顔を見て、ナルは再度ため息をついた。
 たまには付き合ってやるか。でないと、あとが面倒だ。
 そう思いながら、ナルは片割れの手を握り返した。


 ふっと目が覚めた。
 視界に映ったのは、もう見慣れた天井。
 ここはナルの寝室だ。──日本の。
 サイドテーブルに置かれた時計に目をやれば、もう昼を回っていた。
 昨日は論文を仕上げ、昨夜というよりも今朝未明といったほうが正しい時間にベッドに入ったから、さもありなん。
 ベッドから下りて着替えながら、ふと思う。
 懐かしい夢だった、と。
 まだ片割れと在ることが当たり前だと感じていた頃の、夢。
 いまはもう遠い。
 ダイニングへ続く扉を開けたナルは、そこにいた麻衣の姿に少し驚いた。
 ジーンの夢を見たあとに、麻衣を見る。
 それはなぜか、不可思議な心地だった。なんともいえない感情が渦を巻く。
 麻衣はキッチンからティーカップとポットを持って、テーブルにはサンドイッチを置き、ランチの準備でもしているようだった。
 やがて扉の前に立つナルに気づき、麻衣は笑顔を向ける。
「あ、ナル起きたんだ。本当はこんにちはだけど、おはよう」
「なぜ麻衣がここにいる?」
「リンさんに連絡もらって。ナルの論文執筆が終わったから、お茶を入れてあげてくださいって頼まれたの。ちょうどいま、お茶を淹れるとこなんだよ〜」
 ナイスタイミングだね、と麻衣はティーポットを揺らした。
「軽食だけど、サンドイッチもあるから。ナルのことだから、あんまり食べてなかったんでしょ?」
「……ああ」
「やっぱりね。いい加減にしないと倒れるよ?ここに座って、これ食べて。いまお茶淹れるから」
 麻衣に椅子を引かれたので、ナルはおとなしく座った。
 言われたとおりにサンドイッチに手を伸ばし、それを口にした。
 すると、目の前にティーカップが置かれる。
「今日はフレーバーティーにしてみたよ」
「そうか」
 頷いて、ナルはカップを手にする。
 一連の動作をナルの向かいに座った麻衣がじっと見つめているので、ナルは目を眇めた。
「さっきから人の顔をじろじろと見て、なんだ」
「ん〜?」
 麻衣はテーブルに頬杖をついて、へにゃりと笑った。
「ナルが起きてくるのを待ってごはん作ってお茶淹れて、こうやってナルが食べたり飲んだりするのを見てる。それって、なんか家族みたいでいいなあって思って」
「家族?」
「うん」
 ナルはスッと視線を落とし、カップの中にある琥珀色を眺める。
 耳にジーンの言葉がよみがえった。

 ──ティータイムは家族で過ごさないとね。

 ──家族、か。
 ナルは麻衣を見る。
 麻衣もナルを見た。
 お互い見つめ合い、どこかいい雰囲気が漂う。そう、滝川が見たら絶叫とともにぶち壊しそうな。
「なに?」
「──お前は本当にボケているな」
「なにおう!?」
 いい雰囲気台なし。
 ガタッと麻衣は立ち上がる。だが、続けようとした文句は口中に溶けて消えた。
 ナルのほのかな笑みに。
「アフタヌーンティーだな」
 その呟きも、紅茶に溶けて。
 

 手を繋いだまま、双子は家に帰る。
 その手は無惨に断ち切られ、二度とは繋げないけれど。
『ナル』
 新しく繋げる手がある。
 手を繋いだまま家に帰り、アフタヌーンティーをともに過ごす相手は──。



2010.7.11


 
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