愚か者たち



 なんでこんなことになったんだろう、とジャン・ハボック少尉は思った。
 目の前に座る彼の上官は、とても不機嫌そうだ。いや、『そうだ』なんて可愛らしい表現じゃない。不機嫌なのだ。
 理由は単純。
 常に上官の傍らに在る副官がいないからだ。しかも、お見合いで。
「ちょっとお見合いしてみない?」と、飄々とした東方司令部司令官がお見合いを持ちかけてきたのは二日前。即効で「結構です」と冷たく断られたものの、執よ……うざった……ええと、そうだ、涙の説得に彼女が頷き、今日に至る。
 昨日「見合い相手は適当にあしらってきますので、仕事サボらないでくださいね」と言い置いて、彼女は帰っていった。
 それは言わずもがな、見合い相手と結婚するつもりはないということ。これからもいままでどおり、彼のそばにいるということだ。
 なのに。
(なんでそんなに不機嫌なんスかあぁぁぁぁぁぁぁ! 中尉はお見合い断る気満々なんスから、あんたは堂々と構えてりゃいいんですよ!)
 そう面と向かって言えたら、どんなにか幸せか。
「大佐ぁ……」
 代わりに出たのは、なんとも情けない声で。
「なんだ」
 ロイ・マスタングは『イシュヴァールの英雄』を彷彿させるような眼差しで、情けなくだらける部下を見据えた。
 ハボックは大きく手を動かした。
「中尉のお見合い監視なんてやめましょーよ。俺、まだ死にたくないっス!」
「私に丸焼きにされて遺体も残らない消し炭になるのと、中尉に撃たれて遺体は残るのと、どっちがいいかね?」
「どっちにしろ死ぬんじゃないスか!」
「骨は拾ってやろう。行け、ジャン・ハボック!」
「いやだあぁぁぁぁぁ!」
 爽やかな笑顔で親指を立てるロイと、頭を抱えて騒ぐハボックをブレダたちはなんともいえない表情で見守っていた。


 その後どうなったか、ロイ・マスタングを筆頭に部下一同、口を開く者はいなかった。



2010.8.3


 
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