「   」



 やわらかな風がC.C.をなぜていく。
 枯れ草のベッドに寝そべり、馬車に揺られながらC.C.は空を見上げていた。
 少しだけ目元をやわらげ、C.C.は呟く。
「お前が……『悪逆皇帝ルルーシュ』が『ゼロ』に討たれてから、世界は少しずつ『明日』をつかみ始めたよ。お前たちの、お前の『願い』のとおりに。ああ、世界は確かな平和を歩みつつある」
 C.C.はひとり空に向かって、まるで誰かと会話しているかのように話している。
 田舎道でガタゴトと揺れる馬車を操る御者は当然不思議に思ったが、気にすることをやめた。「乗せてくれ」と言ってきた彼女にはどこか不思議な雰囲気があったからだ。
 きっと彼女にもいろいろとあったのだろう。世界は混迷に満ちていたから。
 御者にそんなことを考えられているとも知らず──知っていても気にしないだろうが──C.C.は再び口を開いた。
「そうそう、カレンはお前との約束を守ってアッシュフォードに戻ったようだぞ。お前は守らなかったがな。……ああ、そう拗ねるな。母親とも暮らせているようだし、カレンは幸せだろうさ。中華連邦とブリタニアの仲も良好のようだし、団員たちも『明日』をつかんで過ごしている。少し忌々しいがな」
 なにせお前を裏切った奴らだと、C.C.は少しだけ眉を寄せた。そんな彼女を諫めるかのように一瞬だけ風が強まる。
「お前は……本当に甘いな。奴らはお前を裏切ったんだぞ? 少しくらい怒れ」
 C.C.はくすくすと、小さく声を立てて笑う。
「よりにもよって扇が首相とは驚きだが、あの男はヴィレッタとかいうブリタニア軍人と結婚したからな。かつての支配層と披支配層の結婚だ、プロパガンダの役割もあるんだろう。しかし……わかったよ。そうだな、ナナリーがいる」
 頷いてから、シスコンめ、そう呟く。
「『ゼロ』もいるんだ。あいつは少々頭が心配だが、それは周りの人間がなんとかするさ。何も心配することはない」
 だから。
「私とお前、ふたりで過ごそうか。契約したろう? 私だけはお前のそばにいると。そして、お前も──。契約を忘れたわけではないのだろう?」
 がたがたと馬車が揺れた。
「ギアスという名の王の力は、人を孤独にする。ふふっ、少し違っていたか? ──なあ、ルルーシュ」
 C.C.は笑って、愛しい魔王の名を呼んだ。


「ここでいいのかい?」
「ああ、世話になったな」
「いや、気をつけてな。お嬢さん」
 去っていく馬車の姿を見送ったC.C.は苦笑する。
「お嬢さん、か。お嬢さんではないんだがな。……うるさいな、おばあさんはよせ」
 からかってきた『声』にそう返して、C.C.はチーズくんを抱きしめた。
「さて、これからどこへ行こうか? ルルーシュ」
『どこでもいいさ。──お前となら』
 失われたと思った、けれど失われなかった声。
 それを、確かに感じる。
「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。そうだな、どこでもいいな。お前がいる」
『お前は本当に……』
「なんだ?」
『変な女だな、──   』
 囁かれた名前に、C.C.は嬉しげに微笑んだ。

「ああ、そうとも。私はC.C.なのだから」




初出 2008
修正2013.10.16


 
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