おとなとおとな、になったら



「哀が成人になるまで手は出さない」
 そう、宣言したのは自分……なのだが。
「灰原がかわいすぎてつらい……」
 とくに夏なんか生殺しだぁ〜! と叫ぶ新一を、服部と黒羽は呆れたように睥睨した。
 気がつけば大学四年になっていた三人は、これに白馬がプラスされて立ち上げたミステリーサークルの一室で実に涼しい人工の風を浴びていた。
 就職活動とは縁がないので気ままである。新一は卒業したら本格的に探偵事務所を開く予定だし、黒羽もすでにマジシャンとしての知名度を上げているから卒業後の予定など決まっている。服部は春に国家公務員T類試験──つまり警察官採用試験を受け、最終結果発表がまだだが、服部なら大丈夫だろうと新一だけでなく黒羽も白馬も思っている。ちなみに白馬は英国の大学院に進むらしい。
「アホやろ、自分」
「哀ちゃんっていまいくつだっけ……俺らが四年なんだから、十二? か。あーそりゃちょっとなぁ。ロリコンの謗り受けても文句は言えないや。でも最近の小学生は発育もいいし、この季節、哀ちゃんならさぞかし……」
「想像すんなバ快斗!」
「ひどいっ!」
 新一がそんなにひどい人だったなんて……! とよよよとご丁寧に哀の声音で泣き真似する黒羽に、新一は無言でテキストを投げつけた。黒羽の場合声真似なんてレベルではなくそのものの声音なのでタチが悪い。
 哀はもともと大人っぽい顔立ちの上に実年齢が加味されてさらに大人びた少女である。まだ小学生だというのに中学生と間違われることもしばしばだ。夏仕様の薄着は健全な男としては完全に目の毒だった。
「さすがに小学生はまずいで」
「あいつが小学生なのがむごい……」
 さめざめと顔を覆う新一に、服部は冷たかった。
「そんなん自分がちっこい姉ちゃん選んだ時点でわかってたことやんけ。まあ同じ男として同情はするけどな」
「服部が冷たい……」
「冷たいんはお前の方やんか。こないだも人を扱き使うだけ扱き使ってからほっぽりだしおってからに」
「まだ根に持ってんのかよ、んな一ヶ月前のこと」
「アホ! おかげで俺は雨ざらしになって風邪引いたわ!」
「あー、悪かった悪かった」
「全っ然誠意が込もってへんで工藤!」
 新一と服部がある意味お馴染みの会話を繰り広げていると、仲間はずれにしないでっ! と黒羽が乱入してきたため、結局その場は新一ののろけに近い悩みもそのままに解散となった。


「おかえりなさい」
 家に帰るとそこには哀がいた。
「おう……ただいま」
 いささか面食らったが、新一は返事を返した。いい匂いがするから夕飯の支度をしていたらしい。そういえば出迎えたとき、彼女はエプロンをしていた。
 当たり前のように哀がこちらにいるのは嬉しいけれど、阿笠はどうしたのだろう。いつもは新一が阿笠邸に赴いて食事をともにしているのだが。
 部屋で着替えてキッチンを覗き込むと、哀は鍋の前に立っていた。新一は料理ができないので、たまに有希子が帰ってきたとき以外では使われない器具たちを少々新鮮な気分で眺める。
「今晩は、何?」
「ロールキャベツよ。たまには博士にもお肉食べさせてあげなきゃね」
 あの匂いはコンソメだったのかと納得して、新一は哀を後ろからしげしげと観察する。
 ……白い、うなじ。肩も腕も薄く華奢で、強く抱きしめたら壊してしまいそうな気さえする。あぁやはり彼女は子どもなのだと実感した。
「……何よ、さっきから人のことじろじろと」
「んー、お前、やっぱり子どもなんだなぁと思って」
 心は大人でも。
「……当たり前でしょ。小学生なんだから」
「うん、小学生なんだよな」
 自分で納得していると、哀は前を向いたままぽつりと言った。
「……後悔してるの? 私を選んだこと」
 しまった、と新一は思った。無責任な発言だった。
 十の年の差は、おとなになるまではひどく大きい。新一の恋人だとは決して公にできない哀が「子ども」と言われてどう思うかを新一は考えなかった。
 きゅ、と哀が唇を引き結んだのがわかって、その華奢な肩に手を置き、頭を垂れた。彼女の後頭部にキスを落とす。
「わり、そういうつもりじゃなかったんだ。お前を選んだことを後悔したことなんて一度もねぇよ。お前にも、……蘭にも失礼だろ」
 先ごろ婚約した幼なじみを思い出す。いつか紹介できるときが来たら紹介すると言って別れた……そろそろ彼女も新一が誰に恋してるか気づいているかもしれない。
「ただちょっと、俺に自信がなくなっちゃっただけ」
「自信?」
「そ。……お前がおとなになるまで手を出さないって、約束。あと八年も我慢できるかなって。……お前、かわいすぎんだよ。まあ、お前が大切だから我慢すっけどな」
 触れたままの肩が小さく跳ねる。
「……馬鹿」
 それは多分に照れ隠しだとわかって、新一は微笑んだ。こういうところがかわいいのだ。
 二人はしばらく、鍋がしゅんしゅんと音を立てていることにも、キッチンの外でいつの間にか来ていた阿笠が複雑じゃのぅ……としょぼくれていたことにも気づかないふりをしていた。




2014.3.22


 
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