前奏曲の一節



 その日、コナンはそわそわと落ち着かない気持ちだった。こんなときに落ち着いてなどいられようか。
 過去と現在──オオワダブランドを中心とした事件に巻き込まれ、コナンは怪我を負った。本人は大丈夫だと言い張ったのだが、結局検査入院する羽目になってしまった。自分を襲ったのが誰だかは知らないが、おかげでキッドにも借りを作る始末だ。
 とにかくコナンは身動きが取れない。だから代わりに、事件のヒントとなる大事な資料ファイルを探すことを灰原と、ちょうど見舞いに来た服部に頼んだのは昨日のこと。首尾よく見つかっただろうか、まぁ灰原と服部だから大丈夫か──と暢気に構えていたコナンのもとに、泣きべそをかいている歩から連絡が入った。──灰原がさらわれた、と。
 すぐにも飛び出していきたかった。けれどそれは検査のために叶わず、コナンは歯噛みした。このタイミングでの誘拐事件。それはすなわち、あのファイルが目的なのだろう。
 それなのにいまの自分はここで待っていることしかできない。それはとてももどかしく、歯痒いことだった。
 そうなってみて、思うことがある。
 もしかして自分は、蘭にも同じ思いをさせているのではないだろうか。こんな、ただ待っているしかできない無力さを味わわせているのではないだろうか。
 そうしてやきもきをしながら一日が過ぎ──灰原から直接連絡をもらって初めて、コナンは息ができた気がする。
「怪我は? ないんだな?」
『ええ。どこかのハートフルな泥棒さんも助けてくれたし』
「キッドが……!?」
 なんてことだ。あの怪盗に、ふたつも借りができてしまった。しかし、灰原の身には変えられない。
 明日服部くんとそっちに行くから──一旦、話はそこで終わった。
 そしていま、コナンはふたりの来訪をいまかいまかと待ち構えているのだった。

 コンコン、と軽い叩音がした。

「よっ、工──」
「服部! 灰原は!?」
 片手を上げる服部の言葉を遮り、コナンは声を荒げた。
「ここにいるわよ」
「灰原……」
 服部の後ろから病室に入ってきた灰原の姿に、コナンはほっと胸を撫で下ろす。
「……ごめんなさい。せっかくあなたが私を信頼してくれたのに、ファイル、奪われちゃったわ」
「バーロー! そんなもん、お前とは比べものにならねーよ!」
 虚を突かれたように目を丸くする灰原に手を伸ばす。自分のより少し小さな手を握る。
「……オメーが無事で、よかった」
「…………心配、かけたわね」
 灰原もきゅっと手を握り返してきた。
 そんなふたりを、こいつら完全に俺のこと忘れとるやないかと、ジト目の服部が見ていた。





2014.4.19


 
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