「…まいったな…」

こんな大切な時期に風邪なんて。神童、大丈夫かな。無理してないだろうか。不器用なあいつはいつも色々背負いこむから見ていて不安になる。

「ああ…でも、」

今は天馬たちが、いるもんな。
あいつらが部活に入ってから、神童を助ける役割はあいつらになっていった。
別にその役割をぶんどろうとか思ったりしない。神童が背負い過ぎてない、それだけでいい。大丈夫、寂しくない、俺は泣いたりしないのだから。



『霧野はどうしていつも泣かないんだ?』
『…どうしてって…普通じゃないのか?』

黒のランドセルをぎゅっとしながら神童は俯いた。『確かに俺は泣きすぎだけど…俺、霧野が泣いたとこみたことないよ』注射されたときも、喧嘩したときも、転んだときも、いつだって。
俺は必死に思い出す。そういえば、昔は結構な泣き虫だったっけ。注射したときも泣いたし、喧嘩したときも、転んだときも。まあ幼稚園や小学生低学年のときだから当たり前っちゃ当たり前だけど。
…いつから泣かなくなったんだっけ。

『…俺、そういえば神童に出会ってから泣かなくなったかも』
『えっ…俺、に?』
『多分泣こうとしたら先に神童が泣くから、泣かないのかな』

そう言って苦笑いすると、神童はまた大きくくりくりとした瞳に涙を浮かべる。『それって俺のせいじゃないか…』ほら、そういうところが、俺の涙を止めてしまうんだ。そう言ったらまたぽろぽろと涙を流した。

『霧野、俺泣かないようにするから。霧野が泣けるようにするから。そしたら俺とー』



ぱちりと、目を開けると見慣れた顔がこちらを覗いていた。突然俺が起きたからか、宝石のような目を大きく見開いた見慣れた顔が視界からぱっと消える。

「…なにしてんの?神童」
「ごっごめん!お見舞いに来たんだけど」

窓を見ると、オレンジ色の空が覗いている。そうか、もう夕方なのか。それにしても懐かしい夢だった。神童の顔を見て、小学生のときの神童と重ねる。少しはたくましくなったなあ。

「熱、下がったか?」
「んー…ちょっ、と」

神童の暖かい手が、額に伸びる。「まだちょっとあるみたいだな」そう言って困った顔をした。大丈夫だよ、と言おうとしたら額に衝撃が走る。

「いでっ」
「大丈夫なわけないだろ。強がらなくていいから」

夢で泣いてた神童と、また重なる。いつからこんなに強くなったのだろう。もう、俺って必要ないのかな…とか思うと、目頭が熱くなった。きっと熱のせいで涙腺が緩んでるんだ。

「…神童、お前泣かなくなったな」
「え?ああ、そうだな。最近泣かなくなったかも」
「それってやっぱり、天馬たちのおかげか?」
「…そうかもな。あいつらのおかげかも」

神童の隣はいつだって俺だった。いつから、俺じゃなくなったのだろうか。
ああ、俺寂しいんだ。いつだってそばに居た神童が、どんどん前に行くから。それはとても嬉しいことなのに。俺、嫌な奴だ。

「…っとごめん、そろそろ俺帰らないと」
 
そうやって、前へ前へと行ってしまう。やめてくれよ、俺をおいていかないでくれ。隣に、
無意識に、神童の手を掴んでいた。驚いた様子の神童は、こちらを振り向く。

「待ってくれ…俺の、隣に居てくれっ…」

自分の目から、暖かい液体が流れ出る。神童は目を大きく見開きながらも、どこか安堵の色を見せた。そして優しく笑った後、ベットの横に腰掛けて、俺の涙を手で拭った。

「やっと、泣いてくれたな。…いや、本当は喜ぶべきじゃないけど…約束したからな」
「…覚えてたのか?」
「当たり前だろ」

『霧野、俺泣かないようにするから。霧野が泣けるようにするから。そしたら俺と結婚してください』

今更、何を言っているんだか。あのときから、既に答えは決まっていたのに。

「俺、霧野のとこヒーローみたいだなって思ってた。いつでも助けてくれた。いつだって、霧野は俺の隣に居てほしいんだ。例え泣き虫だとしても」

俺はお前みたいに泣き虫じゃないんだけどな…と思いながら少しだけ目を閉じたあと、ゆっくりと起き上がった。寝たままでいいよ、と言ってくれたけど、ちゃんとした形で言いたかった。

「…好きだよ神童。約束、守るから。だからお前の、ヒーローで居させてほしい。隣に居させてほしい」

神童は瞳にいっぱいの涙を溜めている。あーあ、また泣いちゃってるし。頷くと、ぽろ、と耐え切れなくなった涙が目から零れ落ちた。その姿があまりに綺麗で、愛しい。

「なあ神童、キスしていいか?」
「…うん」
「風邪、うつっちゃうけど」
「それはこまるな」

困った笑顔を見ると、また愛しさが増した。
ずっと隣に居る、そう約束を重ねてキスをした。二人して泣いたからか、やけにしょっぱい味がした。

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