「はい、じゃあ撮るよー。こっち向いて」

 大きなカメラ機材を持つおじさんが風丸に言い放つ。がちがちに緊張した風丸は新品のぴかぴかな制服の襟を正した。この席に座るとどうしても表情が固くなっちゃうなあ、と風丸は他人事のようにふと思った。誰もが体験したことのあることだが、普通の記念写真や携帯電話のカメラ機能で撮られることとは違うように思える。
 襟を直すと風丸は髪を整えながらカメラのレンズの先を見つめた。何も見えないレンズの向こう側をじっと睨みつける。いや、睨みつけちゃだめなんだった。もっと自然に、自然に。そう思ってふと周りのギャラリーを見ると円堂が居た。幼馴染で、一番の親友である。すると円堂も風丸をガン見していたようで、ばちりと目が合った。思わずたじろぐ風丸に対し円堂は変わらずじっと風丸を見つめた。風丸もつられて円堂をじっと見ていると、円堂は手で顔を覆い尽くし顔が見えなくなったと思いきや手を広げて変顔をし始めた。その顔を見て思わず風丸は「ブフッ!」と勢いよく噴いてしまったのだ。その風丸の様子を見たギャラリー達は風丸の目線の先を追うや否やギャラリー達も一斉に噴いてしまった。その場は大笑い、円堂は先生に「コラァ!」と怒られてしまった。その様子を風丸も大笑いで見ていた。


「…ったく、本当馬鹿だよなお前」

 風丸は半ばあきれ気味にそう言った。先ほどのことだ。雷門中学校に入学したばかりの二人含めぴかぴかの中学一年生は今日学生証の顔写真を撮っていた。無地のカーテンの前に座り、周りの同学年の人達に囲まれながらカメラのストロボの光りにあてられるあの行事である。あの行事だけは慣れようとしても中々慣れないだろう。
 そんな行事でよくある光景が、撮られている生徒を笑わそうとする友達の微笑ましい光景だ。笑ってしまうのを堪えていると、変な顔になってしまってそれが結局学生証の顔写真になってしまうことなんてよくあることだ。笑わそうとする友達も笑わされてしまった生徒もよくいる。円堂と風丸のそのうちの1人だったということだ。

「結局怒られたけどな!」
「それは自業自得だからな」

 学校の帰り道、歩きながらそう言い放った。あのあと円堂は先生に怒られてしまったらしい。雷門中学校の在校生・新入生のほとんどは雷門小学校から出ている。そのため学年のほとんどはもう顔見知りで、仲も結構良い。だから中学校の入学式では「はじめまして」ではなく「中学でもよろしく〜」と軽い挨拶が交わされる。そんな小さな社会の中でも円堂は群を抜いて有名人だった。性格は明るく、情熱的で、人情に厚い。友達想い。はたしてこいつに人を疑ったり嫌ったりする心なんてあるのだろうか、と思うくらいだ。それに声も大きいから喋っているだけで人目を惹く。そんなわけで有名だし、性格も良いから友達も多い。だから今日の出来事も笑わせようとする友達の役が円堂じゃなければあそこまで笑いの渦は起きなかっただろう。人望のある、有名な円堂だからこそ、その場に居たギャラリー達が一斉に笑い出したのである。もっとも円堂はそんなこと1ミリも認識していないのだが。
 そんなこんなでその話はもう終わり、部活の話になった。円堂はサッカー部に入部するようだった。しかしサッカー部は雷門中学校には存在していないらしく、新たに部を建設するらしい。どんだけサッカー好きなんだって質問が降りかかりそうだが、円堂のサッカー愛はとんでもないことを風丸は十二分にしていったので「頑張れよ」とだけ言った。円堂は嬉しそうににかりと白い歯を見せて笑った。

「そういえば風丸は何部に入るんだ?」

 ああ、色々引き延ばしていた問題にぶち当たってしまった…、風丸はそう思った。風丸は部活のことで悩んでいたのだ。今まで円堂とずっと居た。隣には必ずいつも円堂が居て、とても仲が良くて、何でも話し合える親友だった。いや、今もそうなのだが。しかしどんどん成長していってわかったことがある。風丸は円堂しかいない。もちろん円堂以外にも友達は居る。だが、一線を越えられていないような気がしているのだ。円堂だけが、円堂だけが自分を理解してくれている。だから他は何もいらない、欲しくない。そう思っているのかもしれない。だが円堂は違う。円堂は風丸の元を離れてどこへでも飛びに行ける。自由だった。友達も多くて、信頼もあって、人気者。円堂は自分なんかいなくても大丈夫なんじゃないか、そう思っていた。円堂は優しいから自分の隣に居て、その優しさにいつまでも甘えていてはだめなんじゃないか…。
 だから風丸は円堂と同じ部活に入るか否かで悩んでいた。サッカーは嫌いではない、むしろ好きだ。それももちろん円堂の影響だが…はたしてそれは自分にとって正解なのだろうか。
 そう考えて風丸は円堂とは違う部活に入ろう、そう決断したのだ。そもそも自分は昔から陸上が好きで、走ることが大好きだった。だったら折角だから陸上部に入ろう。そう思っていたのだ。そのことを円堂に話すと、円堂は複雑な顔をした。

「サッカー部に…入らないのか?」
「え?ああ…別にサッカーが嫌いってわけじゃないぜ。陸上は昔からやってみたかったし、それにずっと円堂と同じっていうのもどうかと思ったからな」

 そう風丸が言うと円堂は歩みを止めた。風丸は空色の髪を揺らしながら円堂の方へ振り返った。

「…風丸は、俺から離れていくのか?」
「…………え?」
「もう俺のこと嫌いか?」
「そっそんなわけないだろ!」

 風丸は思わずどなってしまった。だが普段温厚な風丸がどなってしまったぐらいだから、本当なのだろう。円堂はくらくらする視界の隅でそう感じた。別に風丸を責めたいわけじゃないのに。怒らせたいわけじゃないのに。どんどん遠くに行ってしまうようで。

「…不安なんだ。風丸が遠くに行っちゃいそうで…」
「………円堂」
「ごめん。気持ち悪いよな、おかしいよな。あはは」
「なんで笑うんだよ」

 俯いて表情が見えないようにしていた円堂はハッとして顔を上げた。目の前には、今にも泣きそうで、辛そうで、でも嬉しそうな表情をした風丸がたたずんでいた。

「俺も同じだよ。いつも思ってた。円堂が遠くに行っちゃうんじゃないかって。…俺たち、同じこと思ってたんだな」

 はは、と風丸は照れながらそう言った。目には涙がたっぷりと溜まっていて、今にも溢れそうなぐらいだった。俺たちはお互い羨ましくて、羨望の気持ちと尊敬の気持ちと不安を相手に対して抱いていたんだなあ、と2人は思った。「俺たち息ぴったりだな」と円堂が言うと風丸は照れ臭そうにはにかんだ。なんだか不思議だ、心の腫れものが取れたようだ。散々悩んでいた風丸はそう感じた。

「風丸、俺はどこにも行かない。ずっと風丸の傍に居るよ。だから、風丸もずっと隣に居てくれよな」
「…円堂、それプロポーズみたい」

 風丸はそう言って顔を林檎みたいに赤くしながら笑った。そう言われてやっとこっぱずかしい台詞を言ったことに円堂は気付き、風丸よりも真っ赤に顔を染めながら俯いた。

「別に嫌な気はしないけどな」

 俯いていたから表情は見えなかったけど、はっきりと風丸の透明感のある澄んだ声が聞こえた。思わず顔を勢いよく上げると夕焼けに照らされて橙色に染まっている横顔がそこにはあった。いつもは空に溶け込む空色の髪の毛も橙色に染まって綺麗な色のグラデーションを奏でている。「…それって、つまり」つばを飲み込んでそう呟いた。風丸はこっちを向くと、優しく、柔らかく微笑んだ。

「…まあ、そういうこと」

 脳裏に焼き付いているストロボの光りのような夕日が、2人を照らしていた。



「Rot palette*」様に捧げもの

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