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「なん、で…」


直撃したはずだった。最大出力に加え神々の義眼による絶対的ターゲット捕捉を施した私の落とした落雷は絶対に避けることができない。
…けれど。


「あっぶな…なんだよあいつ、話が違うぞ、グラース」

「あたしも、あれは予想外だったわ…」


グラースと弔を覆うように幾重にも張られた赤い網。未だ残る燻る炎の影。私はあれを“知っている”。


「なんであんたが、それを扱えてるの…!?その技はあの人の…!!」

「あれ。あんた…なんで斗流血法知ってるの?」

「…!!」


はッ、と息を呑む。私、なんであれを知ってるんだろう。個性が蔓延るこのご時世、血法なんて聞いたこともましてや見たこともない。なのに“知ってる”。これだけじゃない。数分前に靄敵に言われた“レオナルド・ウォッチ”の名前。知らないはずなのに、知っている。なんで、どうして、一体私はどうなったの…!?これは、誰の記憶…!?


チカチカと明滅する視界の向こうで、銀髪と私と同じ焦げ茶のもふもふを見た気がした。


ズキズキと痛む頭を押さえる。嫌だ…怖い…!知らない人の記憶が…!侵食され…!

あなたは一体、誰!?


「あ…あ…!や、あぁぁぁああああああああああ!!!!」


ばづんッ!まるで電源が落ちるかのように私の視界は暗転した。





「玲央ちゃん!!」


崩れ落ちるようにして倒れた玲央ちゃん。そのすぐ後に飯田くんとすれ違ったらしいオールマイトがやってきて、脳無と呼ばれる怪物にやられた相澤先生と、目の前にいた脳無に腕を折られる寸前の僕と蛙す…ゅ…ちゃん、と峰田を抱えて助け出してくれた。


「うわッ…!」


移動したのは、倒れている玲央ちゃんの元。オールマイトが振りかぶった拳をギリギリで避けたらしいグラースは死柄木弔のところまで下がった。


「玲央ちゃん!玲央ちゃんしっかり!」

「緑谷ちゃん、無理に動かしちゃダメよ。出血がひどいわ…」


横たわる玲央ちゃんを抱き起こし、揺らすとあすッ…つゆちゃんが腕を掴んで止めた。
全身擦り傷に切り傷、加えて鼻血と眼からの出血。このままじゃ出血多量で玲央ちゃんが死ぬ…!早く治療しないと…!


「皆、入り口へ。相澤くんと時見少女を頼んだ。意識がない、早く!」

「…!オールマイトダメです!あの脳ミソ敵、ワンッ…僕の腕画折れないくらいの力だけど、ビクともしなかった!きっとあいつ…!」

「緑谷少年」


す、と差し出されたオールマイトの手によって制される。


「大丈夫!それより、君にはやるべき事があるはずだ!」

「!!」


腕に抱く玲央ちゃんを見下ろす。かっくりと項垂れているものの、上下している胸を見るに息はある。


「君が、守ってあげるんだ」


そう言ってオールマイトは、目にも止まらぬ速さで脳無に向かっていった。


「行きましょ、緑谷ちゃん。ここにいてはオールマイト先生の邪魔になるわ」

「…うん」


あすぃ…つ、ゅちゃんと峰田くんが相澤先生を担いでくれて、僕は玲央ちゃんの背中と膝裏に腕を回して持ち上げる。


「軽…」


傷に触らないようにゆっくりと、しかしできるだけ早く入り口に向かって歩く。脳無と激しく戦うオールマイトをちらり、と横目で見た。

気になることがある。USJに来た時に13号先生が相澤先生に向けてひっそりと立てた3本指はきっと、オールマイトの活動限界のことだ。通勤途中でヒーロー活動をしていて使い果たしてしまったのかもしれない。

僕だけが知ってる、オールマイトの秘密。

それだけじゃない。


「ぅ…」

「!玲央ちゃん、気がついた!?」

「……」

「…身動ぎしただけみたいね」

「そっか…」


玲央ちゃんとグラースの間にある因縁。激情に染まったグラースに対峙する玲央ちゃんを見るに、きっと翼くん関連であることは確実。グラースはグラースで、きっと玲央ちゃんの神々の義眼を奪うことを諦めてはいないはず。

ふと、オールマイトの方を見ると、バックドロップを決めたはずの脳無の上半身が、靄の敵の個性でワープされてオールマイトの脇腹に指を突き立てているところだった。

ざッ、と冷水をかけられたようだった。
“死”と言う文字が、概念がオールマイトに降りかかるようだ。ダメだ…あの人をしなせちゃダメだ…!まだ僕は、オールマイトに教えてもらいたいことが山ほどあるんだ!
けど、かといって玲央ちゃんを放って行けるはずもなく。

なら…!!


「お、おい緑谷!?」


僕は玲央ちゃんを抱えたまま靄敵に向かって飛んだ。片腕で玲央ちゃんを抱え直し、腕を振りかぶる。


「オールマイトぉお!!!」


けれど、僕の拳が靄敵に届く前に横から飛び込んできた幼馴染みが右の大振りで靄敵を爆破させた。


「どけ!!邪魔だデク!!!!」

「かっちゃ…!」


靄敵の実態を引きずり出し、地面に押さえつけたかっちゃん。そして、脳無の半身がパキパキと音を立てて凍りつく。


「てめぇらがオールマイト殺しを実行する役とだけ聞いた。…平和の象徴は、てめぇら如きに殺れねぇよ」

「かっちゃん…皆…!!」

「緑谷!お前時見抱えて向かって行ってんじゃねーよ!!何やってんだ!」

「ご、ごめん…!!」

「クソゴーグル女が…!勝手に飛び出した挙句返り討ちかよ!!ぜってー後でぶっ殺す!!」


かっちゃんの何やら物騒な言葉が聞こえた気がした。察するに玲央ちゃんはかっちゃんと切島くんと同じところに飛ばされていたのかもしれない。
それに、切島くんの言葉も最もだ…!けど、僕はオールマイトを見捨てれない…!!


「出入口を押さえられた…こりゃあ…ピンチだなぁ…。なぁグラース、まだ転送ジェム残ってるか?」

「ごめんなさい弔ちゃん、義眼の餓鬼追いかけるのに全部使っちゃった」

「………はぁぁあああ…攻略された上に全員ほぼ無傷…義眼の子供も取り返される…転送ジェムも使い切る…すごいなぁ、最近の子供は。恥ずかしくなってくるぜ、敵連合…!」


「脳無、爆発小僧をやっつけろ。出入口の奪還だ」死柄木弔が言った瞬間、轟くんの個性で動けなくなっていたはずの脳無が動き出した。凍りついた体が砕けるのもお構いなしに立ち上がり、やがて崩れた箇所はボコボコと筋肉が隆起し再生された。
死柄木弔いわく、“長再生”らしい。


「脳無はお前の100%にも耐えられるように改造された超高性能サンドバッグ人間さ」


脳無が靄敵を押さえつけるかっちゃんに向かう。拳が振り上げられ、瞬きした瞬間とんでもない爆風が巻き起こった。


「かっちゃん!!」


吹き飛ばされないように玲央ちゃんの頭を抱えて踏ん張る。あの威力の攻撃を受けてしまったら、いくらかっちゃんでも一溜りも…!!


「って、かっちゃん!?」


思わず二度見してしまった。ふと横を見たらぶっ飛ばされたと思ったかっちゃんがいたのだ。
も、もしかして…!!


「よ、避けたの!?あれを!?すごい…!!」

「違ぇよ、黙れカス」

「カス…!?」


曰く、オールマイトが庇ってくれたらしい。


「仲間を助けるためさ、仕方ないだろ?さっきだってほら、そこの…地味なやつ。あいつが俺に思いっきり殴りかかろうとしたぜ?他がために振るう暴力は美談になるんだ、そうだろ?ヒーロー?
俺はな、オールマイト!怒ってるんだ!同じ暴力がヒーローと敵でカテゴライズされ、善し悪しが決まるこの世の中に!

何が平和の象徴!所詮抑圧のための暴力装置だ、お前は!!暴力は暴力しか生まないのだと、お前を殺すことで世に知らしめるのさ!」

「めちゃくちゃだな。そういう思想犯の眼は静かに燃ゆるもの。…自分が楽しみたいだけだろ、嘘吐きめ」

「バレるの早…」

「弔ちゃん、人の事言えないじゃないの…」

「あー…うるさいなぁ…!お前はお前の用事をさっさとすませろよ」

「そうさせてもらうわね」


次の瞬間、グラースが僕の目の前にいた。


「ッ…!?」

「斗流血法、刃身ノ壱焔丸」

「避けろ緑谷!!」

「さよなら坊や。義眼の餓鬼もろともたたっ切ってあげる!!」


振り下ろされる赤い大きな太刀。これは、避けられない…!このままじゃ…!!


「視野奪取(ジャック)…!!」


グラースの眼に幾何学模様が浮かんだ。慌てて見下ろすと、意識が戻ったらしい玲央ちゃんがひびの入った神々の義眼でグラースの眼を支配していた。


「があぁあ…!!また、眼が…!」

「玲央ちゃん…!!」

「今の、うちに…!にげッ…!」

「時見少女、緑谷少年!!」


瞬く間に僕らの方へやってきたオールマイトが、眼を押さえてうめくグラースを振りかぶった腕で吹っ飛ばした。地面に叩きつけられるグラース。オールマイトは脳無に照準を変え、再び足を踏み出した。

怒涛の猛攻に、僕たちはただただ立ち尽くして見ていただけだった。正面から脳無と殴りあっているオールマイトは、1発1発が100%以上の攻撃を繰り出している。

血を吐きながら、全力で。


「私の100%を耐えるのなら!、さらに上から捩じ伏せよう!ヒーローとは、常にピンチをぶち壊していくもの!!敵よ、こんな言葉を知っているか!?」


大きく振りかぶられたオールマイト渾身の一撃。


「Plus ultra(さらに向こうへ)!!」


USJの天井をぶち破るほどの威力でぶっ飛ばされた脳無。僕らは、ただ見ていた。

トップの…プロの本気を…!!






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