22
世界的ヒーローであるオールマイトが雄英の教師に赴任したことは、当然ながら世間を驚かせたし、マスコミの恰好のネタにもなる。
つまり、何が言いたいのかというと…
「オールマイトの授業はどんな感じですか?」
「平和の象徴が教壇に立っているということで、様子などを聞かせてください!」
「オールマイトについてどう思ってますか!?」
その矛先は、雄英のヒーロー科にも向き得るということだ。
日直のため朝早くに登校したのが仇となったらしい。物見事に私以外誰もいない校門前にいる私は格好の餌食なんだろう。ネタを掴まんとするマスコミの面々の目がぎらぎらしすぎて引く…。てゆーか、入れねぇ…!マイクもカメラも邪魔!あいた!ちょ、誰だ今私の足を踏んずけたのは!
「こうなったら…!」
いっそのことここにいる全員の目を支配してぐるぐる回してやろうかと、首元のゴーグルに手を伸ばした瞬間、ぱしッ!と真横から伸びてきた腕が私の手を掴んだ。
「…!?」
「すみません、僕たちこれから保健室に行かないといけないので…」
「あー!待って待ってせめて様子だけでも…!」
悲痛に叫ぶマスコミをスルーし、ようやっとのことで入ることができた校門に涙がよちょぎれそうである。
「はぁぁあ……凄まじかった…いずありがとうね、助けてくれて。おかげで義眼を使わずにすんだよ」
「物騒だね!?ダメだよ、むやみやたらと義眼使っちゃ。たまたま僕が通りかかったからよかったものの、玲央ちゃん本当に使うつもりだったろ」
「えへ」
「もぉー…」
だって校外での個性は使用禁止なんだもん。神々の義眼ならゴーグルさえすればわからないし、証拠も残らないからね。完全犯罪だぜ。
「えッ…!?お、お前らってそういう関係だったん!?」
むふふん、とない胸を得意げに張っていると、不意に背後からそんな声が飛んできた。振り返るとぷるぷると人差し指を震わせながら私たちを指さす上鳴くんがいた。…はい?なんのこっちゃ。
「わーーーッ!!!!ごごごごめん玲央ちゃん!!」
ばッ!!といずが勢いよく手を振り上げた。ぽかん、といずを見上げるけれど、当の本人は茹蛸みたいに顔を真っ赤にさせていて………へ?
「手ぇ繋いで登校とかカップルかよ!リア充め!!」
「!!?!?」
か、上鳴くんが指摘したのはこのことかぁああああ!!!!あ、あれだ。マスコミにもみくちゃにされてるところをいずに手を引いて助けてもらってからそのままだった…!!てことはなにか、私ってば何食わぬ顔して校舎前までいずと手繋いでたの!?我ながらなんつー恥ずかしいことを…!!いずにも申し訳なさ過ぎて吐きそうなんだけど!!
「い、いずごめん!すっかり忘れてたって言うかその…!!嫌だったよね!!マジごめん!!」
「いやいやいやいや、いや!!全然嫌じゃないよむしろこっちこそごめんというか!!別に下心があるとかそんなことないし助けるとはいえ女の子の手を握るとか僕は変態か!?死ね!!」
「死ね!?」
「お、おい落ち着けって緑谷!!悪かった、俺が悪かったから!からかってごめん!なんかごめん!!」
ついぞ上鳴くんが謝りだして収拾がつかなくなったこの場は、登校してきたらしい爆豪くんのクッソ機嫌の悪い怒声で落ち着いたのであった。
「昨日の戦闘訓練お疲れ。Vと成績見させてもらった」
朝のHRである。朝の出来事が頭から離れなさ過ぎて死ねる。あぁ、ダメだ…思い出しただけでも動悸が…顔面の血液集中が…!!「おい時見、顔が赤いぞ。風邪引いてんなら保健室に行け」違いますぅー。風邪じゃないですぅー。ちょっと個性がトチって発熱してるだけですぅー。「あっそ」
…相澤先生なんか冷たくね?
「さて、HRの本題だ。急で悪いが今日は君らに…」
そう言って相澤先生は言葉を区切る。…え、なんでそんな変なところで区切るの?その先が気になるじゃんやめてよ!…はッ!も、もしかして抜き打ちの小テストとか…!?
「学級委員長を決めてもらう」
「「「学校っぽいの来たーーー!!!!」」」
一気に騒めき立つ教室に私はほっと胸をなでおろした。よかった、テストじゃなかった…!
にしても、クラスのほぼ全員が委員長に立候補してるじゃん。たしかにヒーロー科において委員長という立場は、集団を統率し、導くというプロヒーローの素地を鍛えられるのにふさわしい役だけれど、まぁ私は別にいいかな。そもそも向いてないし。
「静粛にッ!!」
やんややんやと騒がしさが増してきた頃、突然飯田くんが叫ぶ。
「“多”を牽引する責任重大な仕事だぞ…!“やりたい者”がやれるものではないだろう!周囲からの信頼あってこそ務まる聖務…。民主主義に則り真のリーダーをみんなで決めるというのなら、これは投票で決めるべき議案!!」
「そびえたってんじゃねーか!!なぜ発案した!?」
「日も浅いのに信頼もクソもないわ、飯田ちゃん」
梅雨ちゃんの容赦ない突っ込みが炸裂した。
まぁ、そうだよね。飯田くんってば、発案したわりに腕がまっすぐ天井に向いてますよっと。クソ真面目が災いして言葉と行動が伴っていない感じが飯田くんらしいっちゃらしいけど…
いやぁ、おもしろいよね、あの人。
先生も先生で、時間内に終わるのなら何でもいいなどとクソ適当すぎていっそ笑うわ。
「今から紙を配るから、それに委員長にふさわしいと思う人物の名前を書いてくれ!もちろん自分の名前を書いてくれてもかまわない!」
「玲央さん、どうぞ」
「ありがとう、百ちゃん」
前の席の百ちゃんから回って来た小さい紙切れを前に考える。委員長にふさわしい人、かぁ…。ふさわしいかはわからないけれど、この中で一番委員長になってほしいなって思ってのはあの人しかいないなぁ。
さくっと名前を紙に書いた私は、回収しに来てくれた飯田くんに2つに折ったそれを渡したのだった。
結局、委員長は票を3票も集めたいずと、2票の百ちゃんで決まった。いずは戸惑いと緊張で白目剥きかけてて顔がちょっとやばい事になってた。
え、私?私は飯田くんにいれたよ。眼鏡だし、委員長っぽいから?
「玲央ちゃん、お弁当一緒に食べましょう」
「あー、ごめんね梅雨ちゃん。私今日食堂なんだぁ。雄英に入学したからには、ランチラッシュのご飯を食べたくて…」
「そうなの。じゃあまた今度一緒に食べましょう?」
「うん!ぜひ!」
とは言ったものの、1人で食堂飯はさすがに寂しいなぁ…。本当はいずと食べようと思ってたんだけど、いずは最近お茶子ちゃんや飯田くんといることが多くて、今日も私が誘う前に3人で教室を出ていくのを見ちゃったんだよね。
…いや、いやいや私のバカ!もう高校生なんだからいずに新しい友達ができて当然じゃん!いずにだって自分の生活があるんだから、いつまでも私がそばにいちゃダメなんだから!ここには折寺中みたいにいずをいじめる人もいないし、いい人ばっかで…。けど、中学の時はほぼ毎日一緒にお弁当食べてたから、やっぱり隣にいずがいないのって、なんだか…
「寂しい、なぁ…」
「おーい、時見ー!」
財布を片手にとぼとぼと廊下を歩いていると前方から私を呼ぶ声が聞こえた。ぱッと顔をあげると、大きく手を振る切島くんとその後ろで目を吊り上げる爆豪くんとそれを宥める瀬呂がいた。
「よッ。今から飯か?」
「うん、そうだよ。切島くんたちも?」
「おう!…そういや、今日は蛙吹たちは一緒じゃねーのな」
「今日はお弁当なんだって。私はランチラッシュのご飯が食べたかったから」
「なら、一緒に食おうぜ!1人で食っても飯はうまくねぇからな!いいだろ瀬呂、爆豪」
「え」
「俺は構わないけど…」
「知るか、よそ行けや。つーか、俺はお前らとも飯食う気なんざさらさらねーんだよ!!」
「固いこと言うなよー。ほら、さっさと食券買わないと時間なくなっちまうぜ!」
「うっせー引っ張んじゃねぇよクソ髪野郎!!」
「せっかくだし時見も来いよ」
「あ、うん。じゃあ…お邪魔しようかな」
こうして、瀬呂くんに切島くんに爆豪くんに私という、なんとも珍なメンバーで昼食を共にするのだった。
席は瀬呂くんが取ってくれるみたいで、彼は自分の注文を切島くんに頼んで場所取りに行ってしまった。食堂は全学年全学科が一堂に会する場所なのと同時に、ランチラッシュが作るご飯ということで大変にぎわっている。ゆえに券売機も超激混みで、私が食券を変えたのは並び始めて10分が経とうとしている時であった。
食券を渡す時もいろんな人にもみくちゃにされたけれど、念願のランチラッシュのご飯が手元に来たときは感動でさっきまでの気苦労が遥か異世界にぶっ飛んだような気分だった。
「お、時見は唐揚げ定食か」
「切島くんはラーメンなんだね」
「なんか汁物が食べたくてよー!実は朝から口ん中がラーメンだったんだ」
「ラーメンってなんか無性に食べたくなるときあるよね」
「わかるー!…お、どうやら爆豪も受け取れたみたいだな。んじゃ、行くか」
切島くんの引率の元、瀬呂くんが取ってくれた席に向かう。爆豪くんはなんだかんだ文句を言いつつも一緒に食べてくれるみたいだ。捻くれてるのかツンデレなのか、よくわからんわ。
「あ゛ぁ?」
「ヒェッ…」
ちょー睨まれた。
「そーいや、時見っていつもゴーグル着けてるよな」
もそもそと唐揚げを頬張っていると、不意に瀬呂くんがそんなことを言った。
「ふももっふももも」
「飲み込んでから喋れやクソゴーグルが」
「………んぐッ」
「ちゃんと噛んだんか」
意外とおかんみたいなことを言う爆豪くんに向かって右手でサムズアップしながら水を飲む。ほっと一息ついてから、私は左手でそっと首元のゴーグルをなでた。
「いいでしょ、これ。弟がくれたんだぁ」
「へぇ、弟がいんのか。じゃあそれは宝物だな」
「宝物…」
瀬呂くんが言った言葉がやけに胸にしみた。
あれは、いつだったろうか。たしか10歳くらいのときだったかな。私の夢の中に現れた変な仮面をつけた男の人からこの神々の義眼を預かった…というより、押し付けられたと言った方が正しいな。勝手に人の眼をいじくって、摩訶不思議な義眼を移植され。
今思い返しても不思議で非現実な話だけれど、当時の私はただただ自分の眼が偽物に変わったことに驚いて、恐怖した。
初めの頃は、視覚から流れ込む爆発的情報量に脳が慣れるまで数十日の時間を要した。当たり前だ。普段“見えない”ありとあらゆるものが突然見えるようになったんだから。廃人にならなかっただけマシだと思う。
当然学校ではその事について気持ち悪がられ、塞ぎ込んでしまった私のために弟が少ないお年玉を一生懸命に貯めて買ってくれたのだ。
所々に擦れた跡があるそこを指でなぞる。
「うん…そうだね。大事な宝物だよ」
突然、校内全体にけたたましいサイレンが鳴り響いた。
「な、何!?」
「警報か!?一体なにが…」
『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんはすみやかに屋外に避難してください』
いきなりの事で誰も彼もが戸惑い、騒然とする。ただでさえ賑やかな食堂が放送されたアナウンスでパニックを起こし、大混乱に陥っている。
「何、なんなの!?セキュリティ3って…」
「おい時見、爆豪、瀬呂!セキュリティ3ってのは校内に誰かが侵入したってことらしいぜ…って、うお…!」
切島くんが言い終わる前に食堂内にいた生徒全員が出入口に向かって押し寄せる。我先にと言わんばかりにひしめき合う人混みは入試前に体験した満員電車のよう…って!そんな悠長なこと考えてる場合じゃないから!
例に及ばず、この人の波に流されたせいで切島くんたちとはぐれちゃうし、足も踏まれまくってるからいつ転んでもおかしくない。
やだなぁ!!こんなところでこけたら確実に踏みちゃんこにされるじゃん!!地味に痛いんだぞう!!
「う、わわわ…!!」
一層人波が激しくなり、バランスを崩した私は倒れそうになって先程浮かんだ踏まれまくって死ぬという未来に思わず胸の前で十字を切ったが、ガッ!と力強く腕を掴まれ倒れずにすんだ。
「フラフラしてんじゃねーよ」
「おわッ、ば、ばくごーくん…」
なんと、私を支えてくれたのは爆豪くんだったようで。爆豪くんはぐいッと私の腕を引くと自分の方に引き寄せて比較的息がしやすいところに誘導してくれた。
「………んだよ」
「いや、まさか助けてくれるとは思わなくて…」
「はッ、てめぇがあまりにもぶさいくな面晒してっからな」
「ぶさいく…!?」
おい爆豪くん、今のは女子の目の前で言ってはいけないワードトップ3に入るやつだぞ!ダメなんだぞおおおお!!!
なんて、抗議しようと口を開いたら前後左右からむんぎゅッ!と押され爆豪くんに密着するような感じになってしまった。
うわッ、うわッ、うわッ……!!!やばい殺されるまだ死にたくない!!
「…………おい」
「ふぎッ…ば、ばくごーくんごめ…動けない…」
「…そーかよ」
爆豪くんにもたれ掛かるような体制になっているから倒れるようなことはないものの、私の足の間には踏ん張ろうとしたらしい爆豪くんの足が挟まっている。ごめんよぉおおおお!!!こんなんとこんなに密着するとか爆豪くん嫌だよね!!知ってる!!でも今だけはちょっと我慢してぇええー!!!
「ぐッ…!」
どうにかこうにか片手だけ動かして、ゴーグルをずりあげる。原因がわからないままもみくちゃにされてたまるかよ!
神々の義眼で校舎の外を透視すると、相澤先生とプレゼントマイクに詰め寄るたくさんのマスコミ勢を見つけた。あのマイク持った女の人、今朝方私にインタビューしてきた人じゃん!
てことは、この騒動の原因ってマスコミが校内に侵入してきたからってこと!?な、なんつーはた迷惑な…!!
「……」
さっきから何やら無言な爆豪くんめっちゃ怖い。ちょっとそっとしておこう。
そうして、侵入者がマスコミであったことに気付いた飯田くんが全生徒に呼びかけてくれたおかげで、この騒動にようやく収集が着いたのだった。
そして、帰りのHRでいずが飯田くんに委員長の座を譲り渡し、晴れて飯田くんが委員長となるのはまた別の話。
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