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13


「眼球を取られたと言うより、眼球と義眼を“取り換えられた”って言う方が正しいですね。非常に精緻な義眼が眼球の神経回路とリンクされてはいますが、“見えない”義眼ですので取り換えられた人間は目が見えることはありません。この手の患者が過去何人かこの病院に運ばれたことあります。彼らは全員眼球を取り換えられていて、今回翼くんの眼を奪ったのも同一犯で間違いないでしょう。…今のところ彼らの視力が戻った報告は聞いていません。翼くんも、視力が戻るかどうかは…」





先生の話を聞いた後、私は翼が運ばれた病室に訪れた。あとから駆け付けたお母さんたちは、警察や先生から詳しい話を聞いている。


「……」


ベッドに横たわる翼の眼には包帯が巻かれていて、そこにそっと触れる。首にくっきりと着いた手のひらの痣が、ずきずきと痛む私の肩が、これは夢じゃないんだぞというように主張する。


「…玲央ちゃん」


不意に背中に聞き覚えのある声が飛んできた。その主…いずは私の隣にやって来ると、眠る翼を見て苦虫を噛みつぶしたような表情をした。


「特訓中にたまたま翼くんと会って僕らに教えてくれたんだ。君が襲われているって」

「そう、だったんだ…」

「ごめん、もっと早く来ていれば翼くんは…」

「…やめて、いず」

「けど…」

「お願いだから…やめて…」


謝られると余計に自分が惨めに思える。いずやオールマイトが早く駆けつけたところで、それまでに私が逃げてばかりで翼を守れなかったんじゃ意味がない。
あの時、私が考え込んであいつの攻撃を受けなければ…。少しでも早く翼を助けるために動けたら…。
動けなかったんだ。一瞬でも、あいつに恐怖した。義眼を取られるかもしれないって。殺されるかもしれないって。保身に走ったんだ。


「動けなかった…!私は、震えてて…!固まって…!翼の自由を、私が奪ってしまった…ッ!!」


言い訳なんかできない。眼を閉じれば、あいつに翼の眼が取られるあの瞬間が何度もフラッシュバックする。


「私は…!!臆病者の卑怯者だッ…!!」

「玲央ちゃん…」


ぼたぼたと床に涙が落ちる。静かな病室に、私の嗚咽だけが木霊する。いっそ全員から、お前のせいだと責められた方が何倍もマシだ。弟1人守れないヒーローなんて…!いらないじゃないか!!


「君の想い、すべて了解した!」


突然私といず以外の声が響く。びっくりして振り返ると、ドアを開け放って佇むオールマイトがいた。


「オールマイト…」

「けれど時見少女、1つだけ認識を改めてほしい」


一歩一歩、ゆっくりと私に近付いてくるオールマイト。世界を誇るヒーローだからか、彼から放たれる威圧感のせいなのかいつの間にか涙は引っ込んでいて、遥か上にあるオールマイトの顔を見上げる。


「君は、決して臆病者でも卑怯者でもない」

「ッ、けど…!」

「なぜなら!」

「、…」

「君はまだ諦めきれずに、そこに立っているからだ!」

「!」

「泣いて後悔こそすれ、君の目はまだ死んではいない!弟くんの眼を取り返してみせると、諦めてたまるかともがいている!!ならば!!やるべきことはただ1つ!!」

「オールマイト…」

「玲央ちゃん。玲央ちゃん言ってたよね。僕、この言葉にずっと支えられているんだ。…光に向かって一歩でも前に進もうとしている限り、人間の魂が真に敗北することなど断じてない。この言葉があったから、僕はヒーローになるのを諦めきれずに雄英を目指している」


かくん。膝から力が抜け、床にへたり込む。そんな私の目線に合わせるようにオールマイトがしゃがみ込んだ。


「取り返そう、翼くんの眼を!あいつから、絶対に!」

「そうだとも!…さぁ、時見少女、泣くのはもうおしまいだ。手始めに、君の弟くんを救おうじゃないか!!」


そういうオールマイトの姿が、知らないはずの赤髪を称えた1人の男性とダブって見えたような気がした。





◇◆◇



あの後、病室から別の場所へと移動した私たち。私は、オールマイトに私の唯一無二の秘密を打ち明けた。彼なら、誰にも軽々しく言ったりしないと信じたから。このことはお母さんたちにも話してある。

私の眼の事についてと、翼の眼を奪ったあいつ…眼球コレクターのグラースが言っていた気になる事を私なりに推測した内容をオールマイトに話した。
信じるにはあまりに突飛で、現実性がないこれは初めて他人に喋る内容である。

あいつ…グラースは、私の他にこの神々の義眼保有者を知っていて、なおかつその人と私が同じ顔であったために私が義眼を有していることを見抜いたようだった。そして、一番気になったのがグラースの言った“あっち側”という言葉。グラースが知る別の神々の義眼を持っている人は、こことは違う世界の人の事なんじゃないかというのが私なりの推測。別の世界、だなんて俄には信じられないけれど、そんな私の話をオールマイトは笑うでもなくバカにするでもなく、真剣に聞いてくれたのだった。

眼球コレクター。眼球愛好家。人形師。オカマ。今現在知りうるグラースの情報といえばこれだけなのだ。

オールマイトがグラースについて知り合いの刑事さんに調べてもらってくれているらしく、私は私で受験勉強の合間に眼に関する書籍を読み漁っていた。…ら、オールマイトにバレて怒られてしまった。調べ物に関しては大人に任せて今は受験に集中しなさい、との事。そりゃそうだよね。素直に謝った。


そうしてもう1つ。少し余談になるのだけれど、あの時どうしていずとオールマイトが一緒にいたのかが気になって問いただしてみたところ、なんとずっといずが言っていたお師匠さんとはオールマイトの事だったらしく、びっくりしすぎて椅子から転げ落ちたのはまだ記憶に新しい。
けど、憧れの大好きなヒーローに特訓を見てもらえてよかったね、いず。


「玲央、ハンカチ持った?筆記用具は?受験票は?あッ、ジャージ!実技試験あるんでしょ?外はきっと寒いから、カイロ持って行きなさい!手先が冷たいと集中できないものね!」

「お母さん…なんか私より緊張してない?」

「そりゃ緊張するわよぉ!なんたって雄英だもの!入試も超難関だって聞くわ!」

「懐かしいなぁ、玲央がお父さんの母校を受験するなんて、時の流れを感じるよ」

「え、お父さん雄英だったの?」

「あれ、言ってなかったっけ?」

「初耳だっての…」


どういう訳かうちの家族は無自覚の秘密主義が多いようだ。無自覚なだけにアホみたいにタチが悪い。こんな入試直前に爆弾落とさないでほしいと切実に思う。

…まぁ、おかげで少し緊張がとけたんだけどね。


「姉ちゃん」


あ、そうそう。夏休みが終わる頃にね、翼の目が覚めたんだ。しばらくの間入院してたんだけど、1週間もしないうちに退院して今は自宅療養してる。
…でも、目を覆う包帯は未だに取れてないんだけどね。
翼がいた数ヶ月、決して後悔しなかったわけじゃない。目に巻かれた包帯を見る度に泣きそうになって、申し訳なくなって。けれど、そう思うたびに見えていないはずの翼が誰よりも先に気付いて私を怒るんだ。

今まで見えていたものが急に見えなくなって、色々不便なんじゃないかと危惧していたんだけど、本人は至って冷静に「個性があるからどうにかなるよ。僕は思念体読み取るのは得意だしね」とのたまった。そうだけど…!そうじゃないんだよ翼…!


「頑張ってね。こっから応援してるから」

「うん。…じゃあ、行ってくるね」

「「「いってらっしゃい!」」」


木枯らし吹く2月の冬。今日は雄英高校の入試の日である。
翼、姉ちゃん頑張るからね。絶対にヒーローになって、翼の眼をグラースから取り換えしてやるから!


「頑張れ、僕の亀の勇者(トータスヒーロー)」


ドアが閉まる直前、翼がそんなことを言っていたなんて私には知る由もなく。






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