×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -



07


夏休みが終わり、秋も越え、年を越し、世間はチョコレート会社の策略にまんまとどハマりする季節になった。
教室ではバレンタインが近付くにつれ、男子はそわそわ、女子はきゃぴきゃぴと見ていてとってもおもしろい。やっぱり女子ってこういうイベント好きだよね。私のお母さんも、おいしいブラウニー作るんだって張り切ってたっけ。

ふんすふんすと意気込むお母さんを思い浮かべながら苦笑いする。…まぁ、私は今年も翼とお父さんだけかな。
なんて思いながら帰り支度をしていて、ふと気付く。…違うじゃん。今年は翼とお父さんだけじゃないじゃん!もう1人、大事な人に渡さないといけないのに!


「玲央ちゃん、帰ろう」

「ごめんいず!私今日用事あったの思い出した!先帰るね!」

「え…えッ…!?」


戸惑ういずの声を背中に聞きながら、クラスメイトたちへの挨拶もそこそこに学校を飛び出した。





「へぇ〜、玲央が翼たち以外の人にあげるのって珍しいわねぇ」

「い、いいじゃん…」

「玲央が誰に渡すのか、当ててあげようか?」

「せんでいい…!」

「出久さんでしょ」

「翼ッ!」

「うわ、何ムキになってんだよ」


本当のことだろー。ソファーに寝そべってスマホをいじる翼は、気怠げに言う。まぁ、間違っちゃいないけどなんかむかつく。
いずを置いて先に帰った私は本屋と近所のスーパーに駆け込み、チョコを使ったお菓子のレシピ本とラッピング用品を買ってダッシュで帰宅したのだった。
台所いっぱいに広げられた材料を横目にレシピ本と睨めっこする。
うーん…どれがいいかなぁ…こうもいっぱいレシピがあったら迷うな。ミスったかも。生チョコトリュフはオーソドックス過ぎるから却下。かと言って、あまり凝ったもの作るのはねぇ…


「うーん…」

「…そんなに悩まなくたって、緑谷くんなら玲央が作ったもの食べてくれるわよ」

「まぁ、いずは優しいからね」

「そうじゃなくて、誰かのために一生懸命に作ったのものって“大好き”って気持ちがいっぱい詰まってるからおいしくなるの」

「だ、大好きって…」

「違うの?」

「違ッ………く、ない…」

「でしょ?なら、緑谷くんのために愛情いっぱい込めて作らないとね!」


なんか上手いこと流されたような気もしなくはないが…。大好きだの愛情だの…確かにいずのことは好きだけど、それは友達としてであって別にそんな…


「(そんなことは…)」

「……姉ちゃん、顔真っ赤」

「〜ッ…!」


てゆーか、なぜ私じゃなくてお母さんが張り切ってるんだろう。るんるんと鼻歌を歌いながら手を動かす我が母の背中を見て激しく疑問符を飛ばす私であった。





「はい、今日はここまで」


登校中にサッと渡せばいいと思っていた時期が私にもありました。
渡さないとって!思えば!思うほど!渡せない!そのたびにお母さんの“愛情いっぱい込めて”っていうフレーズが頭にこだまする。
そして後でいいや、後でいいやって引き伸ばしているうちに気付けば昼休み。今の私は傍から見たら真っ白に燃え尽きていることであろう。


「玲央ちゃん、今日元気ない?」


中庭の木陰に腰を下ろしてお弁当をつっついていると、眉をへちょん、と垂れ下げたいずが顔を覗き込んできた。かわいいかよ。


「んーん、そんなことないよ。なんで?」

「授業中もぼんやりしてることが多かったから、なんとなくそう思って…」

「そっか」


あなたへのバレンタインチョコをどう渡せばいいかで悩んでました、なんて、言えない。言えるわけない…!
うぅ…今はいずのキューティーフェイスが憎い…!これは何か、当たって砕けろってか!


「あ、あのさ…僕ってこんなだし、かっちゃんや他の人と比べたら頼りないかもしれないけど……な、何か悩みとかあったら相談するからねッ!」


両手を胸の前で握りしめてそう叫ぶいずがただただかわいくてもうどないもしゃーない。萌えで殺す気か、貴様。

…まぁ、内心こんなことを突っ込んでいる私ではありますが。腹、括るか…


「…緑谷出久くん」

「は、はい…」


お弁当を置いていずに正座して向き直ると、彼も同じように姿勢を正した。手提げを手繰り寄せ、中に忍ばせていたものを引っ掴みそのままの勢いでいずに突き出す。


「はッ…ハッピーバレンタイィィイインッ!!」


…………………………………………沈黙。

あれ、ノーリアクション…だと…?翼とお父さん以外の男の子に初めて渡すチョコを、まさかの無反応…!?ちなみに中身はブラウニーです。
さ、さすがに心が折れるぜいずよ…。ほろり、心の中で涙を流しながらちらり、といずを見上げると、なんとびっくり!首まで真っ赤にさせ、くりくりおめめから滝のように涙を流しながら私が差し出すラッピングした箱を凝視していた。


「えッ!?な、なんで!?」

「えぐッ…!だっでぇえ…!ぼ、僕なんかが玲央ちゃんからチョコ貰えるって思っでながったがらぁああ…!」


号泣。え、待って。引くわぁ…。さすがに泣きすぎだろ。さっきまでの羞恥心が一気にどっかいったわ。


「…ずっと思ってたけど、いずは自分のこと過小評価し過ぎだよ」

「そんなこと…」

「ある!私、いずの素敵なところいっぱい知ってるよ!笑った時にふにゃんって顔が緩むところでしょ。ほっぺに散るそばかすでしょ。優しいところ、諦めの悪いところ、誰かのために怒れるところ…」

「ももももういいよ玲央ちゃんッ!!」

「え?まだまだあるよ?」

「そ、それ以上は恥ずかしい…!」

「…とにかく、これは私がいずに渡したくて作りました。返品交換は受け付けてません!文句ある?」

「文句なんてあるわけないじゃないか!…玲央ちゃん、本当にありがとう…!大事に食べるよ」

「……ん。そうしてくれるとありがたい」

「えへ…た、食べてもいい?」

「お弁当食べてからね」

「うん!」


えへへ、と私が渡したバレンタインの箱を大事そうに抱きしめ、ぽやぽやと笑ういずの背後にお花がいっぱい見える。なんだ幻覚か。

…まぁ、とにもかくにも無事に渡せてよかった。
…………ほんっっとうによかったぁああああ!






[ 9/72 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]