立花さんが二課入りして一ヶ月。やっぱりと言うかなんというか、翼さんと立花さんは未だに噛みあわないままであった。
立花さんが初めて二課に来た日。ノイズの討伐後、翼さんは立花さんに戦いを挑んだ。もとより、そんなことになるなんて思ってはいなかったけれど…
どうしてか、翼さんを止めようとは思わなかった。
立花さんを受け入れないわけではない。けれど、私の心の奥底に渦巻く黒い何かが、それを許そうとはしなかった。
「翼さん、泣いてた…」
二年前のあの日、私もツヴァイウィングの会場にいた。そして、奏さんが塵となって消えゆく様を、目の前で見たのだ。
「青珱?」
「、…な、何?兄さん」
「暗い顔してるぞ?せっかくの可愛い顔が台無しだ」
ちゅ、と私の前髪を掻き分けて額に唇を落とした兄さんは、へらりと笑うと徐に飴の袋を裂いて私の口に放り込んだ。
口いっぱいに広がる苺に、思わず笑みがこぼれる。
「うん。やっぱり青珱は笑ってる方が可愛い」
「兄さんってば、またそういうお世辞言う…
「…なんか、二人がただの兄妹に見えなくなってきたんだけど」
「「うわぁッ!!」」
ズイッと私たちの間から割って来た了子さんに揃って悲鳴に近い叫び声を上げる。
「あ、それ私も思いました。二人って時々、恋人同士がやるようなことしますよね」
了子さんに便乗してあおいさんまでもがそんなことを言い出す。ちょっと待ってくださいよ。どうしてそうなるんですか。そりゃぁ、兄さんが時々セクハラ魔人と化するのは認めるけれど、今のは私を慰めようとしてくれたことですからいくらなんでもそれは…
「というより、二人のはもう今に始まったことじゃないと思う」
「あーはいはい、じゃぁそういうことにしておくわよ」
「り、了子さん…!兄さんも笑ってないで何とか言ってよ!」
「僕的に否定する要素はないかな!」
「だそうよ?」
「も、もう…!!」
つんつんと私の頬をつついてくる了子さんからぷいっと顔を逸らせる。二課の面々が笑う中、翼さんもやれやれ、といった感じで苦笑しているのが気配で分かった。
「お、遅くなりました!!」
そんな中、自動ドアを潜り抜けて立花さんが息を切らせて入って来た。すると目に見えて不機嫌になる翼さん。
「では、全員揃ったところで仲良しミーティングを始めましょ!!」
声高らかに了子さんが言う。そしてモニターに映し出された、この一ヶ月のノイズの発生地点の図。
ちなみにノイズとは、13年前に国連総会にて認定された特異災害の総称のことで、人間だけを襲い、炭素転換させたり、時と場所を選ばずに出現したり、一般的な物理攻撃は意味を成さなかったり…
一応これらは、すべてのノイズに当てはまる特徴ではある。
了子さん曰くノイズは13年前よりもはるか昔から観測されているとのこと。そして、世界各地にある神話や伝説に登場する偉業は、ノイズ由来のものが多い。
ノイズの発生率は決して高くはない。けれど、モニターに映し出された図を見る限りこれは明らかに異常だ。いくらなんでも多すぎる。そこで考え着いたのが、何らかの作為によるものだと言うこと。
「作為…?てことは、誰かの手によるものなんですか…?」
「…中心点はここ、私立リディアン音楽院高等科。我々の真上です」
「サクリストD、デュランダルを狙って、何らかの意思がこの地に向けられていると思われます」
「あの、デュランダル?って一体何でしょうか…」
「ここよりもさらに下層、”アビス”と呼ばれる最深部に保管され、日本政府の管理下で我々が研究しているほぼ完全状態の聖遺物…それがデュランダルよ」
「へぇ…」
「翼さんの天羽々斬や立花さんの胸のガングニールの欠片、そして青珱のティルヴィングは、装者が歌ってシンフォギアとして再構築させないとその力を発揮することはできない。けれど、完全状態の聖遺物は一度起動した後は100%の力を常時発揮し、さらには、装者以外の人間も使用できるであろうと研究結果が出ているってわけ」
それが、了子さんが提唱した櫻井理論。けれど、完全聖遺物の起動には、それ相応のフォニックゲイン値が必要なのだ。
司令が言うには、今の翼さんや私の歌ならば、あるいは起動できるかもしれないとのこと。
…それ以前に、起動実験に必要な日本政府からの許可が下りるかどうか。今、アメリカが日本にデュランダルの引き渡しを要請しているという話も聞く。
…下手をすれば国際問題になりかねないのだ。
「…すみません司令」
「あ、そうか…そろそろか…」
「…へ?」
間の抜けた声を出した立花さんを尻目に時計を見る。そういえば、今日は翼さん、アルバムの打ち合わせが入ってるんだっけ。
「それでは、行きましょうか、翼さん」
「翼さん、頑張ってくださいね」
「ええ」
そうして、私の頭を一撫でした翼さんは緒川さんと一緒にこの場を去ったのだった。
「…さて、とりあえずいったん休憩にしましょ!あっちの部屋に飲み物とか用意してるから。ほらほらぁ!」
「ぅわあ!は、はい!」
「私たちも行こうか、兄さん」
「そうだね」
ぞろぞろと休憩室に移動する私たち。各自適当に飲み物をコップに注ぎ、寛ぐ。
「……どうして私たちは」
「ん?」
不意にぽつりと溢した立花さん。
「どうしてノイズだけでなく、人間同士も争うんだろう。…どうして世界から、争い事がなくならないんでしょうね」
ぴくり、と肩が揺れた。
どうして。それはきっと愚問なのだ。私たち人間が文化を持つ限り争いはなくならない。それは貧富の差も然り。
煌帝国にいたころもそうだった。スラムの人たちが富裕貴族を襲うと言う話もざらにあるし、ましてや国内どころか城内でさえそう言った争い事が消えないと言うのに…
「…それはきっと、人類が呪われているからじゃないかしら?」
「呪い…」
了子さんの放った言葉が、やけに耳になじんだ気がした。
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