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バシャッ


「わぷっ」
「あらごめんなさいね。あまりにも小さくて見えなかったものだから」


うふふ。と去っていく後宮の方たちを私は呆然と見送った。
……また、か。

別にこういうことは少なくはない。今となればまだ減少した方だけれど、後宮の方はどうも私が気に入らないらしい。まぁ、いい人もいるのだけれど。時たまさっきのように水を吹っかけられることもあったりする。
理由はきっと、臆病で泣いてばかりの私が白龍皇子の付き人だからとか、とても出来のいい兄の七光りだとか、そんな類。
別に兄さんと比べられて悲しいと思ったことはない。むしろ逆で、そんな兄さんを誇りに思うし、なにより大好きだ。兄さんに少しでも追いつこうと努力は絶やしたことはないし、皇子も泣き虫な私に呆れた顔をするが、それでも私の努力は認めてくださっている。

………でも、それでも根本は何も解決しないのだろう。


「……着替えないと」


ぽたぽたと水滴を落としながら中庭を歩く私は何とも滑稽なことだろうか。明後日へと迫ったシンドリアへの研修の楽しみが少し萎んだ気がした。

はぁ、と溜め息を吐き中庭の角を曲がった瞬間、俯いていたせいもあって前から来た人物に気付かず盛大にぶつかってしまった。


「ひゃっ」
「うわっ…なんだ、青珱かぁ」


その人物とは紅覇様で、私は慌てて尻餅をついていた腰を上げて手を組んだ。


「こ、紅覇様!ここここんにちは!先ほどは申し訳ありません、少々ぼうっとしていて…お召し物は汚れませんでしたか?」


しかし紅覇様から返答は来ない。不思議に思って恐る恐る顔を上げると、その麗しいお顔を最大限にまでしかめて私を見下ろしていた。とても怖いです。


「ひっ」
「お前、それ誰にやられたの」


それ、と指差すのは私の服。言わずもがなびしょびしょである兄さんとお揃いの服。


「あ、ち、違うんです!これは先ほど花壇に水をやろうとして、うっかり蹴っ躓いてしまって…」


水を被ってしまった次第であります…
頭を掻きながらそう言うと、紅覇様はさらに眉間の皺を深くしそれはまさに般若の如く。
いやあああああああああああ怖いよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!


「……まぁ、青珱がそう言うんならそういうことにしといてあげるしぃ」
「はあ…では失礼します」
「待ちなよぉ」
「…はい?」
「……はぁ、お前馬鹿なの?そんな格好じゃ風邪ひくじゃん」
「で、ですが…」
「早く歩いてよね〜」


ぐいぐいと私の腕を引っ張る紅覇様。なんだかんだこの方は不器用だけれどとっても優しい方なのだ。こんな私にも時々こうして世話を焼いてくれたり。…本当はいけないことなんだろうけれど。


「……ありがとうございます」
「べっつにぃ〜」





*****


バシャッ


……ああ、まただ。
昨日に引き続き今日も水をかけられるなんて、とんだ厄日だ。


「あなた、ただの従者風情でどういうおつもりかしら」
「高貴な紅覇様に近づくだなんて、なんと身分知らずな」


あの後、紅覇様には僭越ながら服をいただいてしまったのだ。以前彼が白龍皇子宛に私に持って行かせたカタログ一覧の一着だそうで、一度は断ったのだが着ないとあることないこと噂にして流してやると脅されたため仕方なくいただいたのだが、それをこの後宮の方たちに見られていたらしい。何とも迷惑なこじ付け…


「青舜も可哀そうだわ。こんな出来の悪い妹を持ってしまって」
「ッ…」
「いっそのこと血縁関係なんて破棄してしまえばよいのに」
「それとも、妹と同じように青舜も大したことではないのかしら」


目の前の人たちの言葉がぐさりと胸に刺さり、じわりと目元に涙がたまる。泣くな、泣いちゃだめだ。
ぐっと目を瞑り、涙がこぼれるのを阻止する。…大丈夫。


「…わ、私のことは何を言っていただいても、か、構いませんッ」
「はあ?」
「ですがッ…あ、兄を、兄のことを悪く言うのは…やめて、くだ、さい…!」


言った…言い切った…後宮の方たちについにに口答えをしてしまった…
それでも、兄さんはなにがあっても私の大切なたった一人の兄なのだ。陰口だなんて許さない。昔馴染みである皇子や白瑛様にも切ることのできない固い絆が、私たち兄妹にはあるのだから。


パンッと後宮の方の一人が私の頬を叩いた。徐々に熱を帯び始める頬はとても熱かった。


「従者の分際で生意気よ!」


彼女が再び手を振り上げた。逃げてばかりではだめだと思いつつも、どうしても反射的に目を瞑ってしまう。


「ほんっと、青珱って馬鹿だよねぇ」


来るであろう痛みは訪れることはなく、代わりに昨日聞いたばかりの紅覇様の声とどこか焦ったような白龍皇子と兄さんの声がした。


「こ、紅覇様…!?」
「なぜここに、」
「青珱に用事があったから来ただけだしぃ。そしたらお前たちが何か楽しそうなことしてたもんだからつい〜」


にこにこ、と笑う紅覇様と対照的に後宮の方たちは真っ青で。紅覇様は笑ってはいるものの目が全く笑っていない。怖い。とても怖いです。


「…青珱、大丈夫か」
「お、おうじ…」


ぽん、と私の頭に手を置く皇子のお顔はどことなく険しい。兄さんも、無言で私を抱きしめながらすっごく後宮の方たちを睨み付けていた。に、兄さん、やっぱりあなたは死に急いでます…!


「…あなた方に妹をどうこう言われる筋合いはありません。なんと言われようと青珱は私の大事な可愛い妹です」
「それに俺の大事な従者でもあります。臆病ですぐ泣いてしまうけれど、それでもこの先俺の従者は青珱だけだということを覚えていてほしい」
「兄さん、皇子…」


別に私は悲劇のヒロインになりたかったわけではない。けれど、こんな私を大切だと言ってくれた二人に目頭が熱くなった。


「…そういうこと。僕もこいつのことは割と気に入ってるんだよねぇ〜。お前たちって炎兄の側室だろ?」
「ッ…」

「別に炎兄に言いふらしたっていいんだけどぉ」


「…失礼します!」


きっと悪どいお顔をされているであろう紅覇様の顔を見た彼女たちはさっと顔を青くし、脱兎のごとくこの場から立ち去った。


「…ごめん、なさい」


静まり返った空間に消え入りそうな私の声が木霊する。顔が、上げられない。


「……青珱」
「、」


こつん、と兄さんが私の額に自分の額をぶつけた。至近距離でかち合う兄さんの青い目。


「私は別に、青珱と血縁関係を破棄しようだなんて微塵も思ってないよ」
「…聞いたの、ですか」
「まぁ…」


すぐに行けなくてごめん、だなんて言う兄さん。兄さん、別にあなたが謝る必要はないのです。
困ったように苦笑する兄さんに罪悪感でいっぱいになった。


「青珱がああ言ってくれて嬉しかった。ありがとう…」
「…兄さん、」


ほっぺ、痛かったでしょ?と私の頬に手を添える兄さんの手が優しくて、ついに目から水滴が溢れ出てしまった。私は、兄さんに助けてもらってばかりだ。


「義兄上、ありがとうございました」
「なにがぁ?」
「あなたに教えていただかなかったら、従者を侮辱された上に今よりひどいことになっていました」
「…別にぃ、どこぞの馬の骨かわからないやつに僕の玩具を取られたくなかっただけだしぃ」


ぷいっとそっぽを向く紅覇様は、ちらりと私を見やるとニッとお笑いになった。…とても可愛らしいです紅覇様。


「…んで、お前たちはいつまで近親相姦してるわけ〜?」
「「!?」」


爆弾を投下した紅覇様に驚愕したのはもちろん私と白龍皇子だ。兄さんは相も変わらず腕に私を閉じ込めすりすりと頬ずりをしてくる。


「こ、紅覇様…!ここここれはいつものことでその…!」
「はいはい、仲がよろしいことで〜」
「ッ〜!義兄上!!」


あははは!!と笑いながら去っていく紅覇様の背中を私と皇子は呆然としながら見送った。



「青珱可愛いよおおおおおおおおおおおお!!!!」
「青舜!!お前は少し黙れ!!!」


…いつもの、光景です。
さっきの空気はいったいなんだったのでしょうか…









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