雲一つない晴天の昼下がり。私は無駄に広い城の廊下を書類をめいいっぱい抱えて歩いていた。この書類は皇子の兄上である練紅覇様から白龍皇子への届け物だ。中身についてはとっても大切なものらしい。
「うぅ…お、重い…」
紙とはいえど、こうもかさばれば殺人兵器並みに重いのだ。それを前が見えなくなるくらいまで持たせるなんて紅覇様はなんて鬼畜なんだろう。 ああ、腕がそろそろ危なくなってきた…
「も、もう少し…!」
「青珱!」 「ひゃあああああああああああ!!!!」
ドンッバサバサ
突然呼び止められた声に驚き、無様にもすっ転んで皇子の大切な書類をぶちまけてしまった。 ああ…もう…生きてられない…
「だ、大丈夫か!?」
しかもよりによって声の主が皇子だなんて。
「えぐッ…」 「!?」 「お、おうじぃ…!わたし、もう生きていけませぇん…!!」 「やめろッ早まるな!!お前は十分頑張った!!俺が悪かったから泣くな!!」 「な、泣いてませぇん…!」 「あああああほら、痛くないぞ!?痛くないからな!?この書類は俺にだろう!?一緒に拾おう!!な!?」 「は、はひぃいいい」
えぐえぐと涙を拭きながら皇子宛の書類を掻き集める。私が泣きだすという事態に書類集めを皇子にまで手伝わせてしまって、私は…!!!
「…ごめんなさい、皇子」 「…いや、気にするな。いきなり呼び止めた俺にも非はある。だからもう泣くな。な?」 「……はい」
ぽんぽんと私の頭を皇子の大きな手がなでる。まるで兄さんの温かい手みたいでとても安心した。……いや、兄さんの手は皇子より小さい。 皇子に書類の半分を持っていただいて部屋に入った。相変わらずとても几帳面です皇子。
「そういえば、これは何の書類だ?」 「紅覇様から皇子のところへ持って行くように言われました。中身は大切なものとおっしゃられていたので確認してません」 「…そうか」
それにしても紅覇様から皇子に書類だなんてすっごく珍しい。どれほど珍しいかというと兄さんが虫と戯れるくらい珍しい。…ちょっと話盛りました。 机の上に書類を置いて一枚一枚確認していく皇子。しかし枚数を重ねるごとに段々皇子のお顔が険しくなっていき、しまいには半分も読み終えないで全てゴミ箱にシュートしてしまった。
……………え?
「おおお皇子!?何をなさっているのですか!?大事な書類なのでは…」 「……いや、心底どうでもいい書類だった」 「え、」
はあああ…と大きな溜息をついた皇子は椅子に座り、額に手を当てて私を見た。
「……な、なんと書かれていたのですか…?」 「…お前にどんな服が似合うかのカタログ表(以下略)だ」
紅覇様はどうしてそんなものを皇子に託したのでしょうか。 ていうかなぜ服。
「まったく……青珱、茶を淹れてくれないか」 「はい」
棚から先日白瑛様からいただいたシンドリアの茶葉を取り出し、湯を注ぐ。パパゴレッヤ、というシンドリアの果物から作ったものらしい。飲んでみたがほろ甘くてとてもおいしかった。
「どうぞ」 「ああ……、不思議な味の茶だな」 「紅茶、というものらしいですよ。煌帝国ではやっているみたいです」 「へぇ」
シンドリア…こんなにもおいしいお茶があるのならぜひ一度行ってみたいです。一週間程度の暇をいただいて…あ、久しぶりに兄さんと二人で行きたいな。きっと楽しいと思う。 それで、皇子と白瑛様にお土産を買って…
「ふふふ…」 「…お前の考えてること当ててやろうか」 「はい?」 「“何日か暇をもらって青舜と兄妹二人でシンドリアに行けたらいいなー”……だろう?」 「えッな、なんでわかったんですか!!」 「顔に書いてあるんだ」
そ、そんなにあからさまに出ていたのか…… 思っていただけとはいえ皇子に見抜かれてしまうなんて…!
「ご、ごめんなさい皇子…」 「一週間後」 「…?」 「一週間後にシンドリアに煌帝国の人間を何人か派遣する研修がある。ただの旅行ではないがな。期間は五日間。どうする?」
悪戯っぽく横目で私を見る皇子の言葉を反復する。 シンドリアへの研修に五日…一週間後…?
「ッ!皇子!!」 「青舜と行ってこい。姉上には俺から話しておく」 「〜ッ!ありがとうございます皇子!!大好きですううううう!!」 「わッお、おい、くっつくな!!」 「ふふふ!さっそく兄さんに言ってきますね!」
失礼しました!と声高らかに皇子の部屋を後にして、この時間帯なら兄さんがいるであろう訓練場へ走って向かった。
「…まったく、世話の焼ける従者だ」
皇子が困ったように笑いながらそんなことを言っていたのは私が部屋を飛び出して少ししてからだった。
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