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▼ 27:こころ




感覚的には、生暖かい水中の中を漂っているようだった。まるで母親の胎内にいるようなそんな感覚はひどく懐かしく、胸が張り裂けそうだった。なぜ張り裂けそうなのかはわからないけれど、そう思ってしまうんだからしょうがない。


「ケイ、目を覚ますんだ」


不意に耳元で声が聞こえた。クツクツと楽しげに笑うそれに眉間にしわを寄せつつ振り返ると、案の定心底楽しくて仕方がないと言いたげににんまりと目を三日月に細めるキュウビがいた。


「…何よ」

「君は本当に面白い子だねぇ。口では僕を受け入れるとか言いつつ、心の奥底では拒絶しているじゃないか」

「…ここはどこ?」

「君の深層心理、つまり心の奥底だよ。だから君の本当の気持ちは、今君と一つになった僕にはすべてお見通しってわけさ」

「悪趣味だね」

「なんとでもどうぞ」


気付けば、さっきまで漂っていたと思っていた空間はいつの間にか薄暗い地下牢のような場所に変わっていて、私とキュウビの間には黒い鉄格子が聳えていた。


「ほらケイ、見てごらん」


ぼう、とキュウビの掌に小さな火が灯される。言われた通りにじっとそれを凝視していると、ぼんやりと映像が映った。燃え盛る業火に周りを囲まれているオロチに、八百比丘尼、雪女、ヤマト、ジバニャン、ウィスパー、そして彼らの前に膝を着くイカカモネと…


「私…?」

「正確にはケイに憑依した僕だけどね」

「ど、どういうこと!?体の支配権は私だって言ったじゃん!嘘ついたの!?」

「嘘なんかつかないさ。ただ、ケイは今僕が憑依したショックで意識が深層心理に引っ込んでしまっていて、代わりに僕が出てきてあげてるだけ。君の意識が覚醒したら約束通りこの体は君の支配下に変わる」

「……」


キュウビの言葉をどこまで信じていいかわらないけれど、契約してしまった以上私はキツネ憑きとして日常を過ごさないといけない。…自分で選んだ道だもの。飲み込むしかない、か。


「…これは、私がやったの?」

「正確には憑依している僕だけどね。でもまぁ、君の人格が表に出ているときでも僕の力は使うことができるから大して変わりはしないけどね。…さて、ケイ」


この状況を見て、君は今何を思う?


私とキュウビを隔てる鉄格子の向こう側から意地悪く笑うキュウビがそう問いかける。何を思う、だなんて、そんなの…


「はッ……まるで化け物ね」

「そう望んだのは君だ」





ふと目を開けると、気付けば私はキュウビの手中で見た火の玉の映像の中…つまるところ現実世界にいた。


「…ここは、」

「キュウビ…いや、ケイ、か…?」


呆然と空中を見つめていると、真横からヤマトの声がした。高い位置にあるヤマトの顔を見上げると、私の様子で私がケイだと確信したらしい彼はほっと安堵したように見えた。


「大丈夫か?」

「う、うん…私は平気。でも…」

「イカーッカッカッカ!愚かな小娘が!妖怪に魂を売りおったか!」

「貴様ッ…!」

「落ち着きなさいヤマト!ここで逆上すればあいつの思うつぼよ」

「ぐッ…」


八百比丘尼に制されたヤマトは悔し気に口をつぐむ。しばらくの間高笑いをしていたイカカモネはフンッと鼻を鳴らすと、小馬鹿にしたように私を見つめた。


「妖怪に魂を売ることしかできなかった憐れなな小娘よ、お前は何にも見えていないのだな。真実とはいつもそばに潜んでいるというのにそれに気づかないとはいやはや…」

「…何が言いたいの」

「…覚えておくがいい、私はまた、必ず蘇る。そして再び妖魔界に君臨し、人間界を我が物にしてやろうじゃなイカ。それまで待っているがいい…イカーッカッカッカ!!」


そうしてイカカモネは紫煙に紛れてどこかへと消えていった。その場に沈黙が訪れる。パチパチと火花がはじける音を片耳に聞きながらさっきのイカカモネの言葉を考える。真実って一体何…?何も見えていないだなんて…。違う、私は何も見えてなんかいない。ただ友達を守りたかっただけ。友達を守るには力が必要で、でも私は人間だから…非力だからキュウビの力を借りるしかなかった。力を得た私はマオくんや友達を守ることができる。これでいいはず。私の選択は正しかったはず。なのに…


どうしてこうも、胸にわだかまりが残るんだろう…


「…まぁ、ともあれこれで人間界の平和は保たれたわけですが…」


重たい空気が流れる中、恐る恐ると言った感じにウィスパーが声を上げた。


「ケイちゃん、この際私たちは何も言わないでうぃす。各々聞きたい事、問い詰めたいことはたくさんあります。もちろん私も…。しかし、あえて何も聞きません。ケイちゃんにはケイちゃんなりの考えがあってのことだと私は信じています」

「ウィスパー…」

「これでも一番近くでケイちゃんを見守っているのは私でうぃすよ。妖怪執事として、主の思想に付き添うのは至極当然のことでござーます。…だからどうか、自分を追い詰めないでほしいでうぃす」


ウィスパーはまぬけだ。自分では優秀な執事とか言いながら、実際は妖怪パッドがないと妖怪の名前すらわからないし、すぐに知ったかぶりするし、ミーハーだし、空気読まないし、執事としても役割なんて大して果たしていない時だって数多くある。けれど、私の細かい様子だったりとか、人を気遣う優しさ、そっと寄り添ってくれる温かさはどの妖怪よりも一番優れていると私は思う。妖怪のくせしてとても人柄がいいのだ、ウィスパーは。

そして、私がほしい言葉をほしいときにくれる。


「さ、マオくんを安心させるためにもまずは人間界に戻って報告に行きましょうか!みなたま、言及はご法度でうぃすよ!」

「…あぁ」


そして彼らも、キュウビに魂を売った私に聞きたいことはあるはずなのにあえて何も言わないでくれる。優しすぎる友達たち。時々私にはもったいなく感じるときがある。






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