▼ 25:願わくば穴二つ
妖魔界の謁見街道をひた走る私たち。道中赤鬼や青鬼、黒鬼の審判を経て私たちはようやく大魔王の門へやってきた。大きな広間の奥にある玉座に鎮座するのは、背後に複数のイカの足を湛えた魔界議長、イカカモネ。
「ケイちゃん、あいつです!」
「あれが…」
「イカーッカッカッカ!イカにも!私が魔界議長イカカモネ・ソウカモネ。人間の子供ごときがよくここまで来られたものだ」
「私だけじゃない、友達がいたからここまで来られた!友達妖怪がいたからこそ私はここにいるの!」
「人間と妖怪が友達なんて、イカん!イカんぞ!!この世の中は人間よりも優れた我ら妖怪が手にするべきなのだ!」
「違う!どっちかが優れているかなんて関係ない!友達は友達!どっちがどうとかなんてどうでもいいの!」
「ケイちゃんの仰る通りです!私たちのように、自分の意志で人間と共に暮らしている妖怪もいます。それをまるっと無視している時点であなたは支配者には向いていないのです!!」
「私たちは好きでケイと一緒にいるの。勝手なことを言わないでちょうだい」
「ウィスパー、八百比丘尼…」
ヤマトが私の頭にぽん、と手を置く。コマさんとコマじろうはぎゅっと私の足にしがみつき、ジバニャンはひょっこりと肩まで登ってきた。みんなみんな、私の大事な友達だもの。友達が一緒に入れないなんて、変な話だわ。
けれど、そんな私たちの説得をイカカモネは一蹴りするように嘲笑した。
「ふん、そんな考え方はイカがなものかと。妖怪にも新時代が必要なのだ!イカんともしがたいお前らごときに、私の野望の邪魔はさせん!!」
「くるよ、みんな!」
ぐわッと攻撃をけしかけてきたイカカモネに全員が臨戦態勢に入る。イカカモネの背後にあるイカ足たちが私たちに降り注ぎ、私はヤマトに担がれて少し離れた場所に降ろされた。
「や、ヤマト!?何するの!?」
「ケイ、お前はここにいろ」
「どうして…!」
「お前は人間だ。いくらワシら妖怪と友達とはいえ、お前は戦う術を持っていない。危険すぎる」
「だからってみんなが戦っているのを指をくわえて見てろっていうの!?私は嫌よ、そんなの…!」
「我儘を言わないでくれ、ケイ」
「ッ…」
「お前は、どう足掻いても人間なのだ。お前がマオを守りたいおと同じように、ワシらもケイを守りたいのだ。ワシらを受け入れてくれたケイだからこそ。…頼む、ここにいてくれ」
ヤマトの懇願を初めて聞いた。目を伏せ、頭を下げるヤマトを私は見たことない。確かに私たちは友達だよ。けど、一方的に守られるだけの存在にはなりたくはなかった。
「…わか、た。ここにいる。ここでみんなを応援してる。こんなちっぽけなことしかできないけど、どうかみんな、頑張って…」
「…すまん、ケイ」
そう言ってヤマトはイカカモネに向かっていった。あぁ、なんて無力なんだろう。友達とは、守り守られ、お互いに助け合い支え合うものだと思っていた。確かに妖怪と比べれば人間は非力で無力だ。わかってる、わかっているんだ。けど…
「どうしてこうも、やるせない気持ちになるんだろう…」
門に背中を付け、ずるずると座り込む。私もみんなの助けになりたいのに…
「君はいつもそんな顔をしているね。普段は気丈にふるまってはいるけれど、ふとした瞬間に見せる憂いの表情が僕はたまらなく好きだよ」
「誰!?」
大広間で戦っている友達妖怪を除き、ここにいるのは私だけだと思っていた。バッと立ち上がりあたりを見渡すと、宙に佇む9本の尾を湛えた妖怪を見つけた。私は彼を知っている。
「キュウビ…!どうしてここに…」
「どうして?愚問だねぇ。僕は桜町の守り神さ。僕としてはやすやすとあんな奴の支配下に置かれるのはごめんだからね。それに…」
ぽふん、とキュウビが消えたと思った瞬間、私の体は背後から温かいものに包まれた。慌てて首だけで振り返ると、にんまりと三日月に弧を描く翡翠の瞳に捉えられた。
「君は今、力を望んだね?」
「ちか、ら…」
「そうさ。何もできない、無力な自分に嫌気がさしたんだろう?友達と豪語する割に守られてばかりいる自分が虚しくて仕方がないんだろう?」
図星だった。もし私が普通じゃなくて、陰陽師みたいに式神を操れたら、なんて少しは思ったことがある。今イカカモネを戦っているヤマト性質のように妖怪だったら、なんて…
けれど私は所詮人間なんだ。いつかマオくんに行ったように、待つことも友達の役目だというのを自分自身に知らしめないと。
「僕なら君に力を与えてあげられる。彼らと同じようにイカカモネと戦うことができる。けれど、願わくば穴二つ」
「…代償は何?」
「一つ。君の体を僕に受け渡すこと。二つ。死後、君の魂は輪廻転生の流れに乗ることなく僕のものになる」
「…私の体をあなたに受け渡して私のメリットはあるの?」
「もちろんさ。基本的に体の支配権は君のもの。僕の力を君も扱うことができる。ただ、依代になってくれればいい。生憎と僕にはご神体やら祠がないもんでね、ちょうどその代用がほしいと思っていたんだ」
つまりはこういうこと。私はキュウビの依代になる代わりにキュウビの力を借りることができる。けれどキュウビは私の体の中に留まったまま。そして私が死んだあと、私の魂は本来の輪廻の流れに乗ることなくキュウビの手中に収められることになる。
所謂、キツネ憑き。
私は考えた。考えて考えて、でもやっぱり無力ではいたくないと、キュウビから提示された甘美な誘いに私は乗ってしまったのだ。
「……わかった、その条件、呑んでやる。友達を守れるのなら、そんなの怖くない!」
「ふふッ、さすがケイ、僕が認めただけのことはあるねぇ」
そう言ってキュウビは私の口を塞いだ。
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