▼ 22:不可解が呼ぶ
最近ウィスパーの様子が変だ。学校の屋上で花火を見たあの日から、なんだか考え込むことが多くなった気がする。呼びかけても上の空だったり、ひどいときなんて1日中ずっと妖怪パッドにかじりついていたり。ウィスパーの奇行は今に始まったことじゃないけれど、こうも露骨だと逆に心配っていうか…
「………」
「……ウィスパー…?」
「うぅむ……」
「ねぇ、ウィスパーってば!!」
「ぎゃッ!!へ!?あ…あー…ケイちゃん、どうしました?」
「どうしたはこっちのセリフ!ウィスパー、最近変だよ。一体どうしたの?」
「えッ!いやぁそんなことはござーませんよ!?私はいつだって優秀な…」
「…(じっとー)」
「ゆうしゅうな…」
「(じっとぉー)」
「ぬうぅ……」
ついに黙りこくったウィスパーは、忙しなく目線をあちこちに行ったり来たりさせながら部屋で各々過ごしているジバニャンやコマさんたちを見る。しかし彼らはフルシカトであった。誰も自分を助けてくれないと悟ったウィスパーは深くため息を吐き、ぽつりぽつりと話し出した。
「最近この町全体によからぬ妖怪が増えてきてるでうぃす。その要因が気になって、今までずっと調べていたのです」
「よからぬ妖怪…」
「ケイちゃんも心当たりがあると思います。りゅーくんも言っていたでしょう?悪い妖怪が人間界に溢れ出してきているって。本来ならば、エンマ様の許可なくして妖怪が人間界に来ることはできないのでうぃす。…水晶に映っていた妖怪たちのことも気になりますし、一体妖魔界で何が起きているのでしょうか…」
「ウィスパー…」
「人間界を脅かす存在も放ってはおけませんが、私としてはこれ以上ケイちゃんを危険なことに巻き込むのは本意ではないのです」
そう言ってウィスパーは妖怪パッドを脇に置き、私を見上げた。
「ミツマタノヅチもそうだったが、鬼くももんもやたらとケイを食べたがっていたな」
「ケイみたいに力の強い人間を食べると自分が強くにゃるっていうのは、実は迷信だってずっと前にエンマ様が言ってたにゃん!それにゃのに未だにそんな連中がいるにゃんて…。時代遅れにもほどがあるにゃんよ!」
ケイは食べてもおいしくないにゃん!と喜んでいいのか微妙なセリフを叫びながらジバニャンは私の膝に飛びついてきたけれど…
「…結構何かもが微妙なんだよね」
私が今住んでいる人間界や妖魔界の現状を私たちは知らなさすぎる。このまま無知でいたら、いつか何かが手遅れになりそうな気がしてとても怖い。
「…このまま何もなく、平穏に過ごせたらなんて…やっぱり甘いかな…」
「そうでうぃすねぇ…今のところは何とも言えませんねぇ」
はぁ、とその場にいた全員がため息を吐いた。
「ケイー?ケイいる?」
「あ、お母さん。はぁーい、何―?」
自室のドアから顔を出すと、階段から姿を現したお母さんがどことなく嬉しそうに笑った。
「ケイにお友達が来てるわよ!」
「え?友達…?」
誰だろう、フミちゃんかな…?でも今日私の家で遊ぶ約束なんてしてたっけ…?
頭をひねりながら階段の方をぼんやりと眺めていると、そこからひょっこりと顔を出した人物に私は思わず二度見をしたのだった。
「ま、マオくん!?」
「こんにちはケイちゃん。急にお邪魔してごめんね?」
「いや、それは別にいいんだけど…」
「マオくん、ゆっくりしていってね」
「あ、はい」
るんるんとそこら中に音符をまき散らしながら(なんであんなに嬉しそうなんだろう…)お母さんは去っていった。今日って新作の月9の日だっけ。なんでお母さんあんなテンションなんだろう。
…まぁ、この際なんでもいいや。
思考を一度振り払うように頭を振った私は改めてマオくんに視線を移した。
「いらっしゃい、マオくん。今日はどうしたの?」
「あぁ、うん…大したことはなんだけど…」
「けど?」
「…僕の夢の話なんだ。たかが夢だって放っておいたらよくない気がして…気付いたらここに来てた。ケイちゃんならきっと信じてくれるって」
マオくんの話はこうだった。夢で私と一緒に出掛ける夢を見たらしい。別段ここまではあまり気にする要素はなかった。問題はその後。
マオくんは私と一緒におおもり山から、小さい頃から持っていた鍵で妖怪たちが住んでいる世界に行くらしく、その夢を見てからというものの、マオくんはどうしてもその場所に行かなきゃいけない気がしてならないらしい。
「お願い、ケイちゃん。僕と一緒にそこに行ってほしいんだ。できたら白オバケくんたちも一緒に…。そこに行かなかったら、これからずっと後悔しそうな気がする。自分勝手ってわかってるけど…お願い!」
「…恐らく、マオくんが見た夢には妖魔界の異変が関わっているに違いありません。そしてマオくんの持つその鍵は、妖魔界と人間界をつなぐエレベーターの鍵…」
「エレベーター?」
「行って確かめましょう、ケイちゃん。また危険なことに関わらせてしまうかもしれませんでうぃすが、やっぱりケイちゃんの力が必要なんでうぃす…!」
この場にいる全員が、この後の私の返答を固唾をのんで見守っている。…別段、私としては今更危険だのなんだの言って敬遠する理由はどこにもないのだけれど。
「マオくん、その夢で見た場所ってどこなの?」
「…一緒に行ってくれるの…?こんな突飛な話、信じてくれる…?」
「当たり前じゃない。だって、友達だもん。マオくんが私を信じてくれたように、私もマオくんを信じるから」
「ケイちゃん…!」
キラキラと目を瞬かせて身を乗りだすマオくんはむんずッと私の手を掴んだ。その勢いに思わず一歩下がると、同じようにマオくんは一歩踏み出す。それを何回か繰り返したとき、私の背中に何かぶよぶよしたものが当たった。
「あー…こほん、お二人とも、お気持ちはわかりますがここは早いとこ行ってしまいませんか…?」
「ッ!!そそそそうだね!!ごめんね白オバケくん、僕嬉しくてつい…」
「…とにかく早く行こうか」
ぶつかったのはどうやらウィスパーだったらしく、わざとらしくごほんッと咳払いするとじとり、とマオくんを見た。…まぁ、私もびっくりはしたけどあまり気にしてないし、いいよ別に。
だからジバニャンとヤマト、そんな目をしないの。コマさんを見習ってよね。
「ソフトクリームにチョコレートをかけてもらったズラぁ!もんげーうまいズラぁー!」
「こぼさないように気を付けてね」
「はいズラぁ!」
とりあえずコマさんかわいい。
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