▼ 21:縁絡まる糸
あの後、クマとカンチくんが屋上で待っているため仕方なしに向かったものの、とても花火を見る気になんてなれなかった私は、屋上に続く階段の踊り場で1人蹲っていた。
「……」
「…ケイちゃん、元気出してくださいでうぃす」
「あんな奴の言うことをいちいち真に受けていたらキリがないぞ」
「わかってる…わかってるよ…。けど、夜の学校に私が足を踏み入れなければフミちゃんはああいう風に危険な目に合わなくてすんだんだよ…?」
「あれは致し方ありませんよ…。あ、ほら見てください!花火、クライマックスみたいでうぃすよ!」
そう言ってどこから取り出したのかわからないラムネを両手に装備したウィスパーは、手すりにもたれて花火を見るフミちゃんたちのもとへ飛んで行ってしまった。ほんと、お気楽っていうかなんというか…。まぁ、そんなウィスパーに助けられたことは少なくはないんだけれど。
「ケイちゃん」
「マオくん…」
いつの間にかフミちゃんたちのところから移動してきたらしいマオくんが、入口からひょっこりと顔を出して私を見下していた。そして徐に私の隣に腰掛けると、メガネの奥の垂れ眼をにっこりと細めた。
「ケイちゃんって、口ではいろいろ言いつつもなんだかんだすごく友達想いだよね」
「…いきなりどうしたの?」
「いきなりじゃないよ、ずっと思ってた。誰かのために一生懸命になれるケイちゃんって、とてもすごくて尊敬する。…けど、僕はケイちゃんのその自己犠牲はあまり好きじゃない」
「自己犠牲って…私別にそんな…」
「ケイちゃんがそんなつもりなくても、僕たちからはそう見えるんだよ。…ねぇ、ケイちゃんにとって白オバケくんたちってどんな存在?」
「どんな存在…?」
振り返ったマオくんは存外真面目な顔をしていて、思わずたじろいだ。
きちんと答えなければいけない。きっとマオくんも冗談でこんなこと聞いているのではないだろうし、何より今私がここで話を濁したらいけない気がする。
1つ、深く深呼吸をしてマオくんの黒い目を見据えた。
「私…」
「ケイちゃん、マオくん!そんなところにいないでこっちおいでよー!」
答えようと口を開いたとき、向こうにいるフミちゃんたちが私たちに向かって大きく手を振っていた。おかげで妙に緊迫した空気から解放された私は、よっこいせと踊り場から腰を上げた。
「あ…」
「…あのね、マオくん。私、みんなに出会えてよかったって思ってる」
「え…?」
「ウィスパーたちに出会ってなかったら、私、妖怪って悪さばかりするすっごくいやな奴らだってずっと勘違いしたままだったかもしれない。最初は厄介者が増えたって思ってうんざりしてたけど、今じゃみんながいない日常なんて考えられないくらいみんなが好きになってた。
……ま、本人たちの前でなんて言ってやらないけど」
「…そっか」
私の答えに満足したらしいマオくんは同じように立ち上がり、私の手を引いて走り出した。
「う、わッ…!」
「みんなが呼んでるから、早く行こう!せっかくここまで来たのに、花火も終わっちゃったら元も子もないよ」
「…うん、そうだね」
フミちゃんたちのもとへ行けば、2人して何してたんだとからかわれ、そんな彼らを適当に流しながら私はウィスパーから受け取ったラムネを一気に煽った。
「ケイよ」
「ん?どうしたのヤマト」
「縁とは、えてして奇怪なものだ。糸のように絡まり、結び、解け、そしてまた絡まる。意図せずともどこかで必ず繋がっているものだ。…ワシらの出会いは、きっと必然だ」
いつの間にかカブトムシになっていたヤマトは、私の手の甲にちょこんととまりそう言った。知らこくずっとスルーする私からマオくんに標的を変えたらしいフミちゃんたちの賑やかな声を聴きながら私はこっそりと笑った。
「私もそう思う」
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