▼ 16:待ち合わせ
『もしもし、ケイちゃん?いきなり電話かけてごめんね。あのね、今日おおもり山神社で夏祭りがあるんだけど一緒に行かない?クマくんやカンチくんもいるんだけど…。え?来れる?やった!じゃあ夕方の5時に小学校の前で待ち合わせね!あ、それと!今年はちゃんと浴衣着て来てよね!去年みたいに私服じゃダメだよ!ケイちゃんも誰か誘いたい人いたら遠慮泣く声かけてね!そう言うことだから、じゃあまた後でね!』
そんな嵐のような電話を受けたのが1時間前。あまりに一方的に切られたもんだからか、私はしばらく電話が切れたことに気付かぬまま呆然と立ち尽くしていたのをウィスパーが発見したらしい。いやそんなことはどうでもよくて。
フミちゃんってば私に夏祭り行かない?って聞いてきたくせに言葉自体はほぼ強制的な何かに聞こえたんだけど気のせいだよね。まぁ暇だから行くけど。
「うぐッ…ぐるじぃ…」
「我慢なさい。せっかくおばあちゃんが送ってきてくれた浴衣なんだからちゃんと着ないと」
「…はぁい」
せっせと帯を結んでいくお母さんの手際の良さったらない。その様子を感心したように見ていたらしいウィスパーたちと鏡越しに目が合い、思わず口元が緩んでしまった。ウィスパーはともかく、小さい犬猫がもんげー、やらニャーやら言う様は大変可愛らしい。可愛すぎて時々妖怪だと言うことを忘れてしまいそうになるんだよね。
「はい、できたわよ」
「ありがとう」
お母さんが出していた姿見の前に立って一回転。紺地に白い花が咲く浴衣に赤い帯。それと青いトンボ玉のついた帯飾りは今年の春におばあちゃんが送ってきてくれたものだった。全体的に落ち着いた雰囲気を持つ浴衣は私の好みによくあっていて、今じゃすっかりお気に入りだ。…まぁ、似合う似合わないかは別として、ね。
「よくお似合いでうぃすよ、ケイちゃん」
「かわいいズラー!」
「浴衣一つでここまで変わるもんニャンねぇ」
三者三様の感想をどうもありがとう。何やら浴衣談義に発展したらしい3人を横目に巾着にいるものを詰めていく。えっと、財布とハンカチとティッシュと…あ、あと妖怪ウォッチも。
ふと壁にかかっている時計を見上げると、約束の時間まであと20分もなかった。うわ、やば!ちょっとのんびりしすぎた!
バタバタと下駄箱から下駄を出して吐いていると、私の部屋から飛んで来たらしいヤマトがちょこん、と肩に止まった。一緒に来るの?そう小声で聞くと小さな頭をこくん、と縦に振った。かわいいな。
「ウィスパーも行くよ」
「うぃっすー」
「コマさんとジバニャンはどうするの?」
「オレっちは気が向いたら行くニャン。それまで部屋でゴロゴロしてるニャンよー」
「お、オラはコマじろうと一緒に行くズラ!」
「そっか。じゃ、また後でね。いってきます!」
「あ、ケイちょっと待って!」
取っ手に手を掛けた瞬間呼び止められたもんだから、なんだか変な体制で止まってしまった。振り返ると、パタパタとやって来たお母さんが高い位置で一纏めにされた髪に触れる。少しして手を離したお母さんは、今度こそ満足そうに笑った。
「これでよし!気を付けて行ってくるのよ。あまり遅くならないようにね」
「うん。いってきます」
「いってらっしゃい」
履きなれない下駄に蹴っ躓きそうになりながらもなんとか待ちあわせの時間に間に合ったようで、校門前にはまだ誰も来ていなかった。やった、一番乗り。
「ふぅ…疲れた…」
「見ていて冷や冷やしたぞ。下駄ではあまり走るな」
「えへへ…遅れそうだったからつい…」
「ですが、走って来たおかげか5時まであと5分もあるでうぃすよ」
妖怪パッドに表示されている時間は確かにウィスパーの言うとおり、午後4時55分。あ、56分になった。
「ケイちゃーん!」
それと同時に聞こえてきたフミちゃんの声に振り返ると、どうやらクマくんとカンチくんと一緒に来たらしい。3人とも浴衣だ。あ、でもクマくんは甚平だね。少し昔のガキ大将っぽいけど、似合ってるよ。普段私服だから、クラスメイトのこういう格好を見るのってなんだか新鮮だよね。小声でウィスパーにそう言うと、ほんとですねぇ、と返って来た。
「わッ!ケイちゃんかわいい!!大人っぽくてすっごく素敵だよ!!」
屈託のない素晴らしい笑顔を向けられた私はあまりの眩しさに少しだけ目を逸らした。フミちゃんほんと何しても何着てもかわいいとか。世の中は不平等だ。なんて。
「あ、ありがと…。フミちゃんも似合ってるよ」
面と向かって言われた言葉にくすぐったくなった私は何とかそれだけ言うことができた。
「さっきまでクマの家で遊んでたんだ。そしたらフミちゃんと鉢合わせして一緒に来たんだよ」
「新作のゲームしてたんだぜ!」
「え、ちょっと待って私も呼んでよ」
新作のゲームとか聞いてないし。いつもならうち来る?とか言ってくれるのに今日に限っての獣だなんて酷すぎやしないかね。じとーっと半目で2人を見つめると目に見えて慌てだした。なんか面白い。
「ケイが言ったんじゃねーか!今日は宿題するからダメだって」
「……あー…言ったね、そんなこと」
「セーブデータはまだあるから、また今度一緒にやろ?」
「…うむ」
なんかうまいこと宥められてる感が否めない。実際にそうなんだろう。なんだかんだカンチくんは人を宥めるのが上手な人間だ。
「もう、ケイちゃんったら。…これでみんな揃ったのかな…?」
「あ、待ってフミちゃん。私もう一人呼んでるの」
ぱん、と手を打つフミちゃんに待ったをかける。せっかく仲良くなったんだから、夏祭りも一緒に行きたいなって思って。フミちゃんだって誘いたかったら誰か呼んでもいいよって言ってたし。
「もうちょっとで来ると思うんだけど…あ、来た!おーい!」
袖がずり落ちるのも気にせずに大きく腕を振ると、それに気付いたらしいその子が駆け寄って来た。
「ま、マオくん!?」
「こ、こんばんは…」
「こんばんは、マオくん」
待ってたよ。そう言うとマオくんは白い肌を少し赤く染めてはにかんだ。…あのね、私男の子でこんなにかわいく笑う子始めて見た。なんだマオくん、実は女の子じゃないのか。
「お邪魔しちゃってごめんね…?」
「お邪魔だなんて思ってないよ!ただケイちゃんと仲良かったんだって意外で…」
私とマオくんの組み合わせが意外だったのか、一同はぽかん、と私たちを見つめる。
「私たちは仲良しだよ?ね?」
「ふふ、そうだね」
とはいっても、実際にたくさん話すようになったのは最近のことなんだけどね。妖怪が見えると言う共通の話題のおかげで、私とマオくんは今じゃフミちゃんと同じくらい仲のいい友達同士なわけで。
みんなマオくんのこと暗いだの話しかけにくいだの言うけど、話してみるとそんなことはない。マオくんはたくさん本を読むから物知りだし、意外と妖怪について詳しいし、それによく笑う子だよ。こう、ふんわりと笑う感じが心癒されると言うか。とにかくマイナスイオン放出中である。
「さ、これでみんな集まったわけだし、行こっか」
「うん!」
小学校まで聞こえてくる賑やかな祭囃子を聞きながらそう言うと、さっきまでの間抜け顔はどこへやら、フミちゃんたちは満面の笑みで頷いた。
さて、神社についたらまず何をしようかなぁ。手持ちのお小遣いを頭に入れながら人知れず計画を立てる私であった。
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