▼ 15:凍った心を溶かす
「え、寒ッ」
なんだかとてつもない肌さ寒さに目が覚めた。今って夏だよね。え?どうなってんの?思わず壁にかけてあるカレンダーを見た。…まだ夏真っ只中だった。
「さささ寒いニャ…!!」
「ズラぁ…!!」
私の布団にもぐりこんでいたらしいジバニャンとコマさんがブルブルと震えていた。夏なのにこんなに寒いなんて絶対おかしい…
布団の中で震えている2匹をそのままにリビングに行くと、夏なのに少し厚手のカーディガンを羽織ったお母さんが呆然とテレビのニュースを見ていた。
「ねぇケイ…これって異常気象なのかしら…」
「え!?ゆ、雪!?なんで!?」
どうりで寒いとおもった!テレビに映された場所はサクラEXツリーなのだが、どういうわけか雪に覆われていてなんだか大変なことになっている。てゆーか夏に雪って本当に異常気象じゃん!!だだだッと階段を駆け上がり自室に駆け込むと、カーテンを開けてぽかんとしているウィスパーがいた。
「う、ウィスパー、これって絶対妖怪の仕業だって!なんなのこれめっちゃ寒いんだけど!!」
「な、夏を冬に変える妖怪だなんて見たことも聞いたこともないんですけど…こ、これはさすがにおかしすぎでうぃっす!ケイちゃん、この異常気象の原因を探しに行きますよ!」
「え!?そ、外に行くの!?こんなに寒いのに!?嫌だよコマさんやジバニャンと布団にくるまっていたい!」
「そんなこと言ってる場合ではありませんって!!早く何とかしないと世界中の季節のバランスが崩れてしまいますー!!」
「うぅ…わ、わかった、わかったよ…行けばいいんでしょ……ちなみに聞くけどジバニャンたちは…」
「ネコはこたつで丸くニャるのがセオリーニャン!!雪の中を駆けまわるニャんて犬のやることニャン!!」
「お、オラもさすがにこんな寒い中外には行けないズラぁ…」
「そ、そう…」
…ま、まぁ仕方ないか。多分後々妖怪ウォッチで呼び出すかも知れないけど、うん…ごめん。
長袖のパーカーを着ながら階段を下りてると、後ろからヤマトが飛んできて私の頭に止まった。
「一緒に来るの?外は寒いと思うけど…」
「大丈夫だ。そんなことよりもケイを一人で行かせる方が心配だからな」
「ちょっとあーた、この敏腕執事である私がいることをお忘れですか!!」
「……あぁ、うん。そーだね」
ウィスパーがなんか言ってるけどまぁいいや。とにもかくにも外に出てみると、ドアを開けた瞬間に吹いてきた突風に身を縮み上がらせた。
「さっむ!!え、予想外に寒いんだけど!!」
「テレビで吹雪いてるのを見る限り予想できてでしょうに…」
「ううううるさい!!ほら、行くよ!」
「場所はわかるのか?」
「うん。向こうの方から妖気を感じるよ」
「さんかく公園の方向ですね、行ってみましょう!」
マフラーを巻き直してさんかく公園に向かって走る。さすがにこんな気温だからか、外には人っ子一人もいない。…きっとこうやって出歩いてる私の方がおかしいんだよ。
しんしんと降り積もる雪の中を走って、ようやっとたどり着いたさんかく公園。そこの滑り台の上で、見るからに項垂れる青い頭巾をかぶった女の子がいた。
「あー…いたよ、ウィスパー」
「いますねぇ…えっとあれは…あ、ありましたありました。あれは妖怪ゆきおんなでうぃす!ものすごい冷気を生み出してなんでも凍らせてしまう妖怪でうぃっす!…でもなんだか落ち込んでいるように見えますが…」
やっぱりそう思う?てゆーか、あの子が溜め息を吐くたびに気温が下がって行ってる気がするんだけど気のせいかな…
「…はぁ、」
気のせいじゃなかった…!!その証拠に隣にいたウィスパーがなぜかカチコチに凍っていて戦慄いた私だった。
これは早く何とかしないと…
「ね、ねぇ!」
「はぁ…」
寒いぃぃいいい!!ちょ、早く何とかしないと私が凍え死ぬッ!
今にも凍りついてしまいそうな身体を叱咤して、滑り台のゆきおんなを見上げた。
「おーい、そこの君ー!!」
「…え!?わ、私?私のこと?」
「そうだよ、そんなところで何してるの?」
「ははは話しかけられた…!久しぶりに誰かが話しかけてくれた…!!う、嬉しい!」
何やら喜んでいるみたい。ゆきおんなはぴょんッと私の前に飛び降りてくると、キラキラと目を輝かせて私の手を握った。し、霜焼ける…!
「あなた私が見えるのね!?だから話しかけてくれたんでしょ?キャー嬉しい!」
「(すごいはしゃぎよう…)き、君はあんなところで何してたの?」
「あ…えっと…」
打って変わってしょんぼりとしたゆきおんなには何やら事情があるみたい。氷漬けにされていたウィスパーが復活し、妖怪パッドを見ながら答えた。
「ゆきおんなは溜め息をつくだけでも周りを凍らせてしまう妖怪。故に他の妖怪からは敬遠されているようですねぇ」
「そう、そうなの…そこの白いヘンテコなやつの言うとおり、私が吐く息はみんなを凍らせてしまうの…そのせいで友達ができなくて。ちょっとくしゃみをしただけでもこの有り様だから…」
えッ、これくしゃみだったの!?くしゃみ一つで季節が変わるってどういう……って思ったけど今この空気で言っちゃダメな気がしたから寸でのところで言葉を呑み込んだ。
「だからね、こうやって君が話しかけてきてくれたのが嬉しいの」
「…そっか」
くしゃみでここまでなるのは”ゆきおんな”っていう妖怪だから仕方がないのかもしれないけど、そのせいで友達ができないのってなんだか変な話だよね。それでゆきおんなは落ち込んで、凍えるような溜め息を吐いていたんだ…
「…あの、さ、お節介かもしれないけど、よかったら私と友達にならない?」
「え?い、いいの…?私、もしかしたら君を凍らせちゃうかもしれないよ…?」
「その時はその時、何とかなるよ。それに私はゆきおんなと友達になりたいの。…だめ、かな?」
「だ、ダメなわけないじゃない!わた、私でいいのならぜひ君の力にならせてよ!」
「うん!あ、そう言えばまだ名乗ってなかったよね。私天野ケイって言うの。よろしくね、ゆきおんな」
「ここここちらこそよろしく、ケイッ!」
ゆきおんなと握手した拍子に、彼女から妖怪メダルがポンッと弾かれた。それを両手で受け取った瞬間周りの雪が見る見るうちに溶けて行って、しばらくすればいつもの夏の風景に戻っていた。
「雪が溶けた…?」
「ありがとうケイ!困ったことがあればいつでも呼んでね!」
そう言うとゆきおんなは紫の煙と共に消えてしまった。
「真実の愛が凍った心を溶かす…まるでどこかのおとぎ話みたいでうぃすね」
「…まぁ、いいじゃない。愛なのかどうかはわからないけど、ゆきおんなが笑顔になれてよかったよ」
「ですね。これで溜め息で夏を冬に変えることはなくなりそうですねぇ」
「だといいね」
もういらないパーカーとマフラーを脱ぎながらゆきおんなの妖怪メダルをかざした。多分これでゆきおんなが悲しんで溜め息を吐くことは少なくなるんじゃないんかな。…くしゃみはどうしようもないけど。
すっかり暑くなった気温に流れてくる汗を拭いながら私たちは帰路を辿った。
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