▼ 6:お訪ね先に
「ケイー!悪いんだけど、この手紙を郵便に出してきてくれないかしら」
「……なにこれ」
手渡されたのは一つの小包だった。
「あなたのおばあちゃんへの届け物よ。お母さん今ちょっと手が離せなくて…はい、これでお菓子買ってきてもいいから、お願いね」
「わかったよ」
「外は雨降ってるから、ちゃんと合羽着て行くのよ?」
「うん」
渡された500円玉をポケットに突っ込んで一度部屋に戻る。部屋に入るとバクロ婆とウィスパーがなぜか仲良くお茶を啜っていて思わずフリーズしてしまった。
「…何やってんの」
「ババーン!」
「おやケイちゃん、今からどこかへ行かれるのですか?」
「質問してんの私なんだけど」
「ババーン」
「”昨日言ったスーツの男のことで話があったのさ”と、バクロ婆は言ってます」
「スーツ…?あぁ、あの時の」
あの時、つまり昨日のフミちゃんとサトちゃんの喧嘩の後にバクロ婆から聞いた話だ。なんでも、小学校から結界がどうのこうのってブツブツ言っているサラリーマンがいたそうで、それを調べてほしいとお願いされたんだった。即行で断ったけど。
「言ったじゃない。私はそう言う面倒事には関わりたくないの。大体、結界だなんて私が何とかできるわけないじゃない」
「そこはお任せを!ですが、さすがに結界を野放しにはできないので…このままではこの町に妖気が充満して、悪い妖怪が増えてしまいます!」
「ババーン…」
「ケイちゃん…」
…わかってるよ、そんなこと。でも私は…
「…とりあえず小包を出さないと。それまで考えさせて」
「小包はどちらへ?」
「決まってんじゃん。こやぎ郵便に出しに行くんだよ」
「あー…」
なにさ、その歯切れの悪いあー、は。押入れから合羽を引っ張り出しながら困ったように目くばせするウィスパーとバクロ婆を見た。
「あのですね…そのサラリーマンの方、こやぎ郵便にいるみたいなんです…」
「………」
「ババーン…」
*****
「これをこうして…これでよし、と…」
こやぎ郵便の前のポストに何やら細工をしている一つの影。不審過ぎてあそこに近付きたくないんだけど。しかもなんか変な感じずるし…そうだ、帰ろう。お母さんには申し訳ないけど、500円返して、郵便局は臨時休業してたって言おう。よし、そうしよう。
「待ってくださいよケイちゃん!ここまで来てあんまりですぅ!」
「離してウィスパー!大体、私は用事があったからここに来たのであって、結界なんて知らないんだから!」
「そんなこと言わずにぃ…!」
ずるずると私にしがみ付いて離れないウィスパー。もう!あんなのと関わり合いになんてなりたくないっての!なんでもう…
「あーもう!わかった、わかりました!ちゃんとやるから、荷物出させて!」
「それでこそケイちゃんでうぃすー!」
小包を抱え直して渋々郵便局に足を向ける。うぅ…近付きたくないぃ…
サッと店内に入って受付のお姉さんに小筒を渡し、手続きをしてもらう。用紙に必要事項とお母さんに渡された手数料のお金を払って、完了である。
チラッと外を見ると…あぁ、まだいるよ。
「ババーン」
「う…わ、わかってるよ…!」
外に出れば、さっきよりも強い気持ち悪さに苛まれた。なんだこれ、吐きそうなんだけど…
「この人から強い妖気が…!バクロ婆、この人ですか?」
「ババーン!」
「…あれ、お嬢ちゃん、おじさんになんか用かい?」
いたって普通のサラリーマンの男性。けれど、彼から発せられる妖気はなんかすごかった。全身が圧迫されるようなそんな感覚。合羽のフードの中から、ひょっこりとヤマトが顔を出した。
「ダメだよヤマト、じっとしてて」
小声でそう言うと、大人しくフードの中に戻って行った。本当にいい子だこの子。
「…いえ、別に」
「そう。用がないならあっちに行っててくれるかい?おじさんは忙しいんだよ」
「むむ、怪しい…!よからぬ気配を感じます…!」
恐らくあのポストが結界の媒体なのかもしれない。うっすらだけど、変な文字が書かれた術式みたいなのが見える。あくまでしらを切るつもりらしいサラリーマンに向かって、アイコンタクトでバクロ婆をけしかけた。
「ババーン!」
「ッ!?」
バクロ婆に取り憑かれたら、どんなことでも暴露してしまう。雰囲気が変わったサラリーマンは、こっちがきいてもいないことをベラベラと話しだした。
要は、この人は人間に化けていた妖怪で、誰よりも強い妖怪になるべく町の結界をといて回っていたんだとか。世界征服を目論む小物妖怪ってところだろうか。まったく、はた迷惑な。
「へぇ、そうだったんですね」
「ハッ…し、しまった、オレとしたことがベラベラと!くそう、バレちまったらしょうがねぇ!お前には眠ってもらうぜ!」
あれは妖怪”ネクラマテング”でうぃす!とウィキペディア片手に懇切丁寧に説明してくれてるとこ悪いんだけれど、今はそれどころじゃないよウィスパー!
私の足元にいたバクロ婆を抱え上げ、ウィスパーの尻尾みたいなひらひらを引っ掴みその場から全速力で逃げた。
「あ!!待てこの野郎!」
「ちょ、追いかけてくるんだけど!」
「いだだだだ痛い痛いでうぃすケイちゃぁぁああ…!」
それなりにこの町の地理には詳しいつもりだ。雨の中、逃げるように走る私はきっと変なのだろう。時折傘をさした部活帰りの高校生が不思議そうに振り返るんだもん。
「はッ…はぁ…も、無理…ッ」
「頑張ってくださいケイちゃん!」
「ババーン!」
「んなこと言ったって…!」
私の体力は全国平均のど平均なのだ。それにくわえさっきの、多分妖気に当てられたか何かで気持ち悪くて仕方がない。少し後ろを振り返ると、まだしつこくネクラマテングが追いかけてきていた。
「ッ…しつこい…!って、うわぁ!!」
「ケイちゃん!?」
つるんッと何かに滑り、地面に倒れ込む。どうやら濡れたマンホールに滑ったようだ。立ち上がろうにも足首を捻ったみたいで、少しでも動かせば酷い痛みが走った。
「へへ、追い付いたぜ」
「!」
不敵に笑うネクラマテングは、私を見下ろしたまま片手を向けた。
「お前に邪魔されちゃあ困るんでなぁ。証拠隠滅ってわけだ。悪いがお前には消えてもらう」
「あ…」
片手に妖気が溜められるのをぼうっと見つめる。ウィスパーが急いで戻ってきてくれてるみたいだけど、それよりも早くネクラマテングの手から妖気が放たれた。咄嗟に抱えていたバクロ婆をウィスパーに向かって放り投げた瞬間、私の視界いっぱいに紫色が広がった
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