▼ 5:本音と警鐘
「ん?」
商店街に続く道を歩いていたら、視界の隅に何か黒い影が横切った気がした。
最近、というより、小学校に入ってから同じような影を私はよく見る。初めは気のせいだと思っていたけれど、何年もこんなことがあればさすがの私も気が付く。
…今のところ何も被害がないけれど、それもいつまでかはわからないからね。用心するに越したことはないと思っている。
「ケイちゃん?どうかしましたか?」
「んーん。何もないよ」
ねー、ヤマト。と肩にいるヤマトのツノを撫でながらウィスパーの質問に答える。多分、というか絶対にウィスパーは影に気付いていない。なら別にわざわざ言う必要もないと思う。だって私に何もないし、してこないんだもの。
まぁ、いっかなーって。
そんなことより、私は学校に理科の宿題を取りにいかなければいけないんだった。宿題を忘れようものならあの先生が黙っちゃいない。ただでさえ理科の先生はなんか苦手なのに、お小言も追加されるだなんて絶対やだ。
「ウィスパー、早く行こう。もたもたしてらんない」
「うぃす!?ま、待ってくださいケイちゃーん!」
すたすたと歩いてく。ちょうどさんかく公園を横切ったとき、何やら神妙な顔をしたフミちゃんがベンチに座っていた。思わず足を止める。
「うぃす?ケイちゃん、どうかしましたか?」
「…フミちゃん、元気なさそう」
「フミちゃん?…あぁ、本当ですね。何かあったんでしょうか」
「私、行ってくる」
学校が締まるまでまだ時間はあったから、いったん方向転換をして足の向きを公園に変えた。
はぁ…と何度もため息を吐くフミちゃん。とても心配だなぁ…
「フミちゃん」
「あ、ケイちゃん…」
「元気ないね。何かあった?」
さりげなくベンチに座って出来るだけ優しく聞く。こういう時、女の子ってデリケートなんだよね。
「あのね、さっき友達と喧嘩しちゃって…思ってること全部言っちゃって相手を怒らせたの…。私、あんなこと言うつもりなかったのに…!」
「それはまた…」
大変だ…。友達ってことは、きっとフミちゃんと仲がいいクラスメイトの誰かだと思うんだけど。
フミちゃんは、その子はまだ河川敷にいると思うから、謝りに行きたいらしい。
「…私も一緒に行こうか?」
「ケイちゃん。ケイちゃんは宿題を取りに行くのではなかったんですか?」
「宿題よりフミちゃん優先だから」
小声でウィスパーに言い返し、表情は笑顔を保つ。我ながらなんて器用な。
「…ありがとうケイちゃん。でも大丈夫。こういうことは、誰かを頼るんじゃなくて自分でちゃんと謝りにいかなくちゃ」
「そっか。頑張ってね」
「うん、ありがとう!」
去って行くフミちゃんの背中をしばらく見つめる。頑張って、と言ったものの、気にならないこともないのが私の本音。
思ったことを言わせる妖怪…ね…。
「ウィスパー、思ったことを言わせる妖怪なんていると思う?」
「いると思いますよ。妖怪がフミちゃんに取り憑いて、そうさせているのかもしれません!」
「もしそうなら、フミちゃんを助けてあげたいなぁ………だめ?」
「うッ…そ、そんな目で私を見つめないでくださいよ…。わかりました。こうなりゃとことんお付き合いしますぅ!」
「ふふ、ありがとうウィスパー」
そう決まれば、早速河川敷にレッツゴー!
*****
「あ、いましたよケイちゃん!」
ウィスパーに引っ張られながら辿りついた河川敷。ベンチに座っているのは、サトちゃん…かな?フミちゃんの喧嘩した相手ってサトちゃんだったんだ。二人にバレないように坂を下りて自販機の陰に隠れる。
ベンチに座るサトちゃんの少し離れたところでは、何やらフミちゃんが悶々としていた。
「様子がおかしいですね…ケイちゃん、妖怪ウォッチで周りを調べt」
「あ、いたよウィスパー」
「…そうでした、ケイちゃんは見えるんでしたね…」
「少しだけね。…ねぇ、君」
「ババーン」
「君はもしかしてフミちゃん…あのポニーテールの女の子に取り憑いてたりした?」
「ババーン」
…ああ、意思疎通が不可能だ。
「間違いありません。この妖怪はバクロ婆。取り憑かれた者は、思っている音を全て暴露してしまうのです!」
なんて質の悪い…人間関係が崩れたらどうするんだろう。
とりあえずこの妖怪が取り憑いたからフミちゃんとサトちゃんが喧嘩したわけで。
…これは少しお灸を据えなければ。
「気を付けてくださいケイちゃん。バクロ婆は次はケイちゃんを狙っていますよ!」
「へ?」
「ババーン!!」
「わあッ!!」
ぴょーん、と飛びついてきたバクロ婆を避けることができなくて、バクロ婆はそのまま私に取り憑いた。
「あの、ケイちゃん…?」
「…あーぁ、まためんどくさい妖怪が出てきちゃった」
うそ、待って待って。本当に思ったこと言っちゃうの!?
「ただでさえ普段見えてて厄介なのに、変なガシャ引かされるわ白いのに付き纏われるわで、本当勘弁してよ…」
やだ、私こんなこと思ってない!…いや、思ってるからこうやって暴露しちゃってるのか…。って、そうじゃなくて!たとえ思っててもこんなの本心じゃない!そりゃあ最初は面倒臭いとか思ったけど、今は…
「妖怪なんかと関わりたくなかったのに…関わってしまったら、気味の悪い子って友達に馬鹿にされると思って今まで知らん顔してきたのに、全部水の泡だ」
少しずつ顔が下がって行く。怖くてウィスパーの方が向けない。どんな顔してるのかな。呆れちゃった?それとも幻滅しちゃった?どっちにしろこれでもうおしまいだ。
「私は、ただ普通に暮らしたかっただけなのに…」
しん…とその場が沈黙に包まれる。どうしよう、顔があげられない。気まずい。ここから立ち去りたい。
けれど私の足は、まるで金縛りにあったかのように動いてはくれなかった。動け、動いてお願い…もうこれ以上ここにいたくない…
「…知ってますよ、ケイちゃん」
「ッ、」
「ケイちゃんが私たちを多少なりとも煩わしく思っていることも、人じゃないものが見えるせいで友達が離れていくんじゃないかって怯えてることも、何より普通の日常を大切にしたいことも。私はちゃんと知っておりまする」
「ウィス、パー…」
「それでも、私はケイちゃんだから妖怪執事になったわけでうぃす。なんだかんだ言いつつも、私を受け入れてくれているケイちゃんだから。
例えみんながケイちゃんから離れて言っても、私はずっとケイちゃんのそばにいるでうぃっす。
だから、どうか泣き止んでくださいよ」
ウィスパーに言われて、ようやく自分が泣いていることに気付いた。どこからともなく取り出したハンカチで困ったような顔をして私の目元を拭うウィスパー。
ずっとそばにいるって…それがもしの場合でも、みんなが私から離れて言った原因はあんたたちだっつーの。
…なんて、今は言わないけど。
「ババーン…」
「あ、バクロ婆…」
「ババーン…」
「バクロ婆がケイちゃんに謝りたいそうでうぃす。ちょっとしたいたずらで取り憑くつもりで、ここまでケイちゃんに言わせるつもりはなかったみたいですよ」
「そっか…気にしてないからいいよ。妖怪はいたずらが本業って知ってるしね」
「ババーン!」
不意にバクロ婆がすっと手を差し伸べてきた。小さな手のひらに乗るそれはまごうことなき妖怪メダル。
友達になってくれるのだろうか…。
「いいの?」
「ババーン!」
「バクロ婆はケイちゃんと友達になりたいそうです。受け取ってあげてください」
「……うん、こちらこそよろしくね、バクロ婆」
「ババーン!」
この後、バクロ婆の力で無事にサトちゃんと仲直りを遂げたフミちゃんは、サトちゃんと楽しそうにおしゃべりしながら帰路についたのだった。
いつの間にか周りは赤く染まっていて、川がキラキラとその光を反射させていた。結局学校に宿題を取りに行けなかったな。
まぁ、明日でいっか。バクロ婆も気になることを言ってたし…
「…ごめんね、ウィスパー」
「うぃす?何のことです?」
こうやって、何でもないふりそするのってずるい。
「ううん、なんでもない」
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