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同級生のたきちゃんは、七松先輩は暴君だ、とか、横暴だ、とか、よく私に愚痴を言うけれど、正直、どれも共感できた事はない。私自身、たきちゃんほど七松先輩とそんなに多くの時間を過ごしていないからと言うのもあるのかもしれないけれど、それでも、私はあの人は優しい人だと思うのだ。


割と最近の話。不運委員な私は例に漏れず、あやちゃんの蛸壺にまんまと嵌った事がある。情けない話、忍具も部屋に置いてきたし足を挫いてしまったため、どうしようか途方に暮れていた時にたまたま通りがかったのが七松先輩だったのだ。


「なんだ、出られないのか?」

「は、はい…足を挫いてしまって…わぁ!」

「よぉし、ならしっかり掴まってろ!そんで、そのままいさっくんのとこに連れてってやるからな!」


蛸壺の中に降りてきた七松先輩は、そう言って私を抱えてあっという間に外に出てしまった。


それからと言うもの、七松先輩は私を見かけるたびに大きく手を振ってくれたり、蛸壺に落ちそうになったら助けてくれたり、いつもたきちゃんから聞いている暴君の片鱗すら見かけない先輩はなんだかかわいい。

隣に座るたきちゃんにそれを伝えると、まるで化け物でも見るかのような目で私を見てきた。なんでよ。


「お前の感性は一体どうなっているんだ」

「どうって…普通だと思うけどなぁ」

「どう考えても普通じゃないだろう!あの七松先輩をかわいいだなんて言う奴、全国探してもお前だけだ」

「えー」


心外だ。ぶっすり膨れてたきちゃんを睨めつけていると、ふと校庭で六年生の先輩方が集まってバレーボールしているのが見えた。さすが七松先輩。サーブもアタックも早すぎて残像すら追えない。


「すごいなぁ、私もあんなアタック打てるようになりたいなぁ」

「頼むから名前だけはそのままでいてくれ」


あまりにも必死な顔をしてそんな事を言うから、思わず首を縦に振った。だって、たきちゃん、必死すぎだよ。
ぼーッと先輩方を眺めていると、不意に七松先輩がこっちを向いた。ばちッと音がしそうな程目が合い、挨拶しなければ失礼だと思って軽く会釈をしてから手を振った。
そうしたら、七松先輩はまるで曇り空が晴れたお日様みたいな笑顔でぶんぶんと手を振ってくれて、自分の頬が緩んだのがわかった。

ぴたり、七松先輩が固まる。他の先輩方が様子のおかしい七松先輩を取り囲むけれど、それを押しのけてこっちに向かって走って来た。


「うわッ、ちょ、こっち来たぞ…!」

「名前ー!」

「わぁ!」


あっという間に目の前に来た七松先輩が私の脇の下を持ち、ぐいッと上に持ち上げた。高い高いをされているみたいで恥ずかしい。そのままくるくると私もろとも回る七松先輩を、たきちゃんは慌てて止めようと立ち上がった。


「な、七松先輩!!名前をそんなに振り回さないでください!!」

「なんでだ?名前は嫌がってないだろう。な?」

「はい、楽しいです!」

「ほら!」


再びくるくると回り出した先輩。そんな視界の端っこで、たきちゃんがぽかり、と大口を開けているのが見えた気がした。


「小平太はずいぶん名前ちゃんを気に入ってるんだね」

「ま、名前相手ならそんな無茶苦茶な事はしないだろうさ」

「で、ですが…」

「まぁ、見てなよ」


たきちゃんが立花先輩と善法寺先輩と何か話してるけど、七松先輩が私を振り回してるから何を話しているのかわからない。ぽんぽん、と腕を軽く叩くと、回るのをやめた七松先輩がきょとり、と目を瞬かせた。


「先輩、先輩、私もバレーボール混ぜてください!」

「………」

「?せんぱ…」

「だめだ!」

「え」

「ここで見ていてくれ!いいな!」

「あ、はい」


そう言ってボールを抱えてコートに戻る先輩の背中を見つめる。まさか断られるとは思っていなかったから、なんだかショックだ。「ねぇたきちゃん…」ちょいちょい、と装束の袖を引いてたきちゃんを見れば、ぽかん、と、呆けていた。


「嘘、だろう…」

「言っただろう、名前なら無茶はしないと」

「私は…幻でも見ているのでは…」

「残念ながら、夢ではないんだよねぇ…」

「たきちゃん?先輩方?」

「おーいお前たち!早くバレーやるぞー!」


結局、七松先輩の真意もたきちゃんたちの話した内容も何もわからずじまいで、皆が楽しそうにバレーボールをしているのを私は見ているだけだった。

私もバレーボールやりたい。