「伊之助、ご飯を手で鷲掴むんじゃないよ。箸の使い方教えたろ」
「あぁほら、炭治郎口元にご飯粒ついてるよ。とったげるからおいで」
「禰豆子、髪がまだ乾いていないよ。風邪ひくだろう」
休むことなく甲斐甲斐しく世話を焼く名前を俺はじとーっと見つめていた。
名前は俺の3つ上の姉である。たった1人の姉弟で、いつも一緒で、鬼殺隊を志したのも同じで。
…だのに、なんだあれは。
炭治郎たちと出会えたのはいい。それなりに仲良くやってるし、一緒にいて楽しい。禰豆子ちゃんとか天使すぎて結婚したい。
けど、それとこれとは話が違うわけで。
「こら、禰豆子。逃げるんじゃない」
「むー…」
ごしごしとお風呂上がりの禰豆子ちゃんの頭を拭き、丁寧に櫛を通す姉ちゃんの目は本当の妹を見ているようで、それでいて姉ちゃんの音も幸せって感じの音でいっぱいで。
「ねーちゃん…」
「伊之助、眠いのかい?膝貸してあげるから少し横になってな」
「ん…」
あぁほら、伊之助なんて完璧に姉ちゃんに絆されたのかいつの間にか“ねーちゃん”だなんて呼ぶようになるし。
「すみません、名前さん…いつも禰豆子が…」
「いーっていーって!禰豆子は女の子なんだからちゃんと綺麗にしないとな」
「む!」
「そーかいそーかい。今度禰豆子に似合うかわいい簪を買ってきてあげるからね」
炭治郎は長男で今まで甘えたことがなかった分姉ちゃんが甘えさせてるし、禰豆子ちゃんも本当の姉のように姉ちゃんに懐いてるし。
「…………」
あーやだやだ。ここにいたら泣きそうになる。いつも泣いてるけど。いやなんと言いますか。…まぁ、そういう事だよ。
俺は誰にも気付かれないようにそっと部屋から抜け出した。…が、ちらりと姉ちゃんが俺の事を見ていたなんて知るはずもなく。
「はー…冷えるなぁ…」
夜になるとさすがに冷える。鳥肌のたつ腕を擦りながら羽織でも持ってくりゃよかったと後悔した。
さて、ちょっとそのへん散歩でもしようかな。今の俺はただの嫌な奴だ。寄りにもよってクソしょうもない理由で嫉妬とか。終わってる。
「あ、いたいた。善逸」
「げッ…」
「げ、とはなんだ。失礼な奴め」
姉ちゃんは羽織を胸元に手繰り寄せながら「さっぶいねぇ」なんて、呑気に言いながら俺に近付いてきた。
「…なんだよ」
「ん?いや、善逸が出ていくのが見えたから、どうしたんかなーって」
「別に、ちょっと散歩でもって思っただけだし。姉ちゃんは伊之助に膝枕でもしてやれよ」
「……どうしたの、急に」
「だから、どうもしないって!」
あぁダメだ。このままじゃあることないこと言っちゃって姉ちゃんを傷付けてしまいそう。
姉ちゃんから顔を逸らし、足を踏み出す。…が、その前に腕を捕まれ、ぐりんッと反転させられたと思ったら真正面からふんわり柔らかくて暖かいのが体に巻きついた。
は……………はぁ!?
「ちょ、おま、なにしてんの!?」
「善逸が寂しそうだったから」
「は…」
「私が伊之助たちばかり構っていたから妬いたんだろ」
「はぁああ!?何言ってんの!?違うから!!別になんとも思ってませんけど!?そーいうの自意識過剰って言うんだよ知ってた!?」
「はいはい、知ってる知ってる」
「、……」
俺より少しだけ背が高い姉ちゃんは、いとも簡単に俺の頭を抱え込んで優しくなでてくる。存外心地いい手のひらに肩の力が抜けていき、額を姉ちゃんの肩にくっつけた。
「…最近伊之助と仲がいい」
「ほっとけないからねぇ。ついつい構っちまう」
「炭治郎が懐いてる」
「ずっと長男で頑張ってきたんだ。肩の力くらい抜きたいだろうよ」
「禰豆子ちゃんがかわいい」
「そればっかだねぇ。まぁあの子は格別にべっぴんだからなぁ」
「俺の姉ちゃんなのに…」
ぼそッと小さく呟いたら、俺の頭をなでていた姉ちゃんの手がぴくりと動いた。同時に、姉ちゃんから悲しい音。
「姉ちゃん…?」
「……善逸、今日は一緒に寝ようか」
「は…はぁぁああああ!!?」
「うるさッ」
「いやッ…いやいやいや…!は!?馬鹿なのお前馬鹿なの!?何でそーいう事言っちゃうかなこの歳になって姉ちゃんと一緒に寝るとか…!」
「嫌かい?」
「ぅ………………ぃゃ、じゃな、い…」
「そーかい」
じゃあ戻ろっか。なんて。からからと笑いながら俺の手を引く姉ちゃん。普段あんな感じだから、さっきみたいな姉ちゃんの申し訳なさそうな顔って、こう…胸が抉られるんだよな。
なんて、思いながら姉ちゃんに手を引かれるがまま歩を進めた。
「ねぇ、善逸」
「…んだよ」
「私さ、この世界中の誰よりも何よりも、善逸が1番大好きだよ」
「!!!」
「それだけは信じてほしい」
あぁもう、なんたって今そんなこと言うんだよ馬鹿。
そんな悲しそうな顔でそんなん言われたら、構ってほしくて拗ねてましたとか言えねーじゃん。